「川崎フットボールアディクト」

上がらぬギアと勝負に徹したプランB。そして、PK戦をサポートしたコイントス運/天皇杯決勝 vs柏【レポート】

天皇杯決勝
12月9日(土)(14:03KICKOFF/国立/62,837人)
川崎 0 – 0 柏
PK 8 – 7

■PK戦

柏の古賀太陽が痛みを抱えてプレーしていたとのことでPK戦を辞退。井原正巳監督の説明では「古賀については、試合中に痛めた足がかなり痛いということ、PKを蹴るのは少し難しいということで、川崎さんに10人に合わせていただいたという形です」といった背景があった。

「相手に合わせて1人減らさないといけなかったので」と話す鬼木達監督は、ジェジエウを選択。その理由を「前日の練習を見て1人を決めました」としている。

そんなPK戦、10人目のキッカーとして両チームのGKが姿を表す。まずペナルティマークに立ったチョン・ソンリョンは、GKとは思えない弾道のPKを蹴る。

「キーパーの中で練習してます。Jリーグでも天皇杯でもPKの練習はします。グランドが悪くて穴も空いてますし、見て、落ち着いて、インサイドで決めました」

普段から練習しているということと、ピッチコンディションの悪さもあって角を狙ったという。サッカーの基本的な蹴り方であるインサイドキックを使ったとのことで、難しいことをせずともPKは決まるのだなと感心した。

そして冒頭の「キーパーの中で練習してます」との言葉を聞いて、キーパー同士の練習があのPKに繋がったのだと理解した。日々の練習は裏切らないということ。

ちなみに試合前日のキーパー同士のPK練習で、ソンリョンは上福元直人を相手にPKを外していたという。

「試合前日のPK練習で、キーパー同士が蹴り合うんですが、常に入れてたんですが、(この)試合前は入れられなかったんですよね。カミ(上福元直人)に止められたんですよ、昨日(12月8日)。その前はずっと入れてたんですけど。上に蹴ろうとして、下に行っちゃったんですよ、その時は。今日は上に行きました」

カミを相手にPKをミス。本番でのミスを先取りして付き物を落としたとも考えられる神がかり的な出来事だったようだ。

結果的にPK戦最後のキッカーとなった松本健太のPKを横っ飛びでソンリョンが弾き出し、フロンターレが勝利。大喜びのソンリョンのもとに上福元が駆け寄って、ピッチに倒れ込む。聞くと最初は無意識に走っていたソンリョンの視界の中に上福元が最初に見えてきたのだという。

「カミ選手が一番最初に見えて。一緒に喜びを分かち合いました」

お互いにポジションを奪い合うライバルではあるが、喜びを分かち合う姿を見て、GKチームの結束を感じた。良いものを見せてもらった。

ちなみに松本のシュートは読んでいたとソンリョンは言う。

「僕(ソンリョン)が最初に(ゴールに対し)右に蹴ったじゃないですか。心理的に次の選手はそっちの方に蹴らないんじゃないかと。キーパーの選手はそういう風には蹴らないんじゃないかなと思ったので、一回、左にフェイントを入れて(キッカーに対して)右に飛んだんです」

もちろん読みが外れることもある。ただ、GKが選ぶ飛ぶ方向には理由があるということ。結果的にソンリョンの決断が当たり、GK対決はソンリョンに軍配が上がる。そしてフロンターレが天皇杯を制した。通常のレギュレーションの、天皇杯だった。

■コイントス運

そんなPK戦は、橘田健人のくじ運の強さに助けられている。PK戦をどちら側のゴールで行うか。そして先攻、後攻のどちらを選ぶのかはコイントスで決められる。川崎側のゴール裏を取り、さらに有利とされる先攻を取れたのは2度のコイントスで2勝した橘田の影のファインプレーだった。その橘田はコイントスを終え、円陣に戻った際に4番目のキッカーだと告げられて「びっくりしたんですが。4番かと。大事なとこなので。むちゃくちゃ緊張しました」と振り返る。

もちろんキャプテンである以上蹴ることは覚悟していたとのことで、「オニさんだったら絶対に蹴らせるだろうなと思って、心の準備はしてたんですが、決められてよかったです」と安堵の表情を見せていた。

山根視来は正面にフロンターレサポーターを見てPK戦を戦えた以上、サポーターの盛り上がりをチームの勢いに繋げたいと考えていたのだと言う。それがあの煽りに繋がったという。

瀬川祐輔は、今大会の新潟での新潟サポーターを前にして行われたPK戦を回想して「倒れるくらい緊張してて、ヤバかった」と発言。だからこそ「今回はフロンターレ側だったから、だいぶ力になったというか、心強くて」とPKを見守ってくれたフロンターレサポーターに感謝した。

そんな瀬川は「本当は僕がゴールを決めて勝ちたかった」と悔しげ。というのも、シュートを打てそうな2度の場面でパスを選択してしまったから。「フロンターレにいるからこそ見えてる部分でもある」と述べて「難しい判断なんですけど、そこはちょっと後悔してる部分もあるし。自分で試合を決めたかったから」と振り返っていた。「自分で試合を決めたい」との思いは、そう思えるだけの努力をしてきたからこそ持てるもの。大事にしてほしいと思う。

ちなみにソンリョンはフロンターレサポーターを背負ってのPK戦について「相手の前でやるよりも、うちらのサポーターの前でやる方がいいと思いますし、相手にもプレッシャーになると思いますので。それはよかったと思います」と述べていた。いずれにしても、橘田のくじ運様々のPK戦だった。

■プランB

それにしても苦しい試合だった。前半は柏のハードワークの前に攻撃が沈黙。4−4のブロックに加え、プレスバックする山田康太の献身的な守備が効果的でフロンターレはほとんど攻撃の形を作れなかった。

そんな前半について瀬古樹は「ピッチコンディションもそうですけど、自分たちのやりたいサッカーができなかったのは事実」と率直な一言。ただし、決勝は決勝と割り切った戦いができていたという。

「決勝は別物というか。考えはみんな同じ方向を向いてたので。うまく行ってないながらも、我慢しながらやれてたのかなと思います」

もちろんフロンターレのアイデンティティとして「楽しいサッカーと勝つサッカーは別じゃない」(鬼木達監督)との認識はある。

リアリストだからこそ、フロンターレらしさを武器に/天皇杯決勝 vs柏【プレビュー】

ただ、いざ決勝が始まってみると、思いの外自分たちのサッカーができなかった。そういった展開の時にプランBへの変更をチーム全体で臨機応変に行えるのかどうかが勝負強さに繋がってくる。そういう意味で、瀬古が使う「考えはみんな同じ方向を向いてた」との表現に似た言葉を山根が口にしており、チーム内で意志の統一は割りとできていたようだ。

「前半を折り返した段階でこれだけ悪かったらあとは上がっていくだけだろうと。頭の中が同じ方向を向いてたので。本当に結果だけにフォーカスした試合だったかなと思います」(山根)

■リスク込みの攻勢

なお、ハードワークの柏が後半以降にペースダウンするのだろうとの考えは、取材者間である程度広まっていた認識で、柏担当記者は交代要員の層の薄さを危惧していた。そして実際にフロンターレは、交代采配も含め、後半にある程度盛り返すことには成功している。とは言え攻めれば攻めた分だけカウンターのリスクを背負うことにもなる。例えば後半69分のカウンターは危機的だった。山村和也と大南拓磨の間を細谷真大に破られるが、大南が体を張って勢いを削ぐと、ドリブルが大きくなった瞬間を逃さず、ソンリョンがこれをキャッチして事なきを得た。細谷が倒れていたらDOGSOの可能性もあり、そういう意味で試合の行方を左右する大きなプレーだった。

細谷は72分にもチャンスに顔を出すが、パスの判断ができずフロンターレゴールを脅かすところまでには至らず。

さらに細谷は延長前半の99分にも決定機を迎えるが、こちらはソンリョンが立ちはだかり、2度のビッグセーブで立ちはだかった。

一方、フロンターレは後半77分に途中交代出場の小林悠がゴール前で予備動作を続けたが、狙い通りの形ではパスが出てこず。また試合中に足を痛めてしまったとのことで、延長後半開始時に交代を余儀なくされた。

その小林に代わりピッチに入ったバフェティンビ・ゴミスが、延長後半116分に右からのクロスを頭で合わせるが松本がビッグセーブ。さらに、セカンドボールに反応した家長昭博が押し込もうと試みるが、これも松本に阻まれてゴールは奪えなかった。

後半開始時以降、フロンターレが息を吹き返したが、共にゴールネットを揺らすまでには至らず0−0のドロー決着。勝負はPK戦に持ち越され、10人目のGK対決を制したフロンターレが優勝の栄冠を掴むこととなった。

■ピッチコンディション

なお、フロンターレらしいサッカーができなかった理由の一つとして、荒れたピッチコンディションが上げられるようだ。

「なかなか難しかったですね」と切り出したのは山根。

柏のような4-4の守備ブロックに対し、フロンターレとしては縦パスを入れたかったという。ところが「とにかく土が多かったので。ロングボールすらまともに蹴れないというか、すごく蹴りづらい状況のグラウンド状況だったので」と言う。相手の試合運びと、ピッチコンディションとの組み合わせの中、「何か、一つの解決方法みたいなのを探すのは、なかなか苦労したなと思います」と山根。それがシュート1本に終わった前半の戦いの一因だとも述べているが、それと同時にフロンターレ側に、固さや、セカンドボールの反応の遅さなどの課題が加わっていたとも述べていた。

ちなみにピッチコンディションについては瀬古やソンリョンも軽めに言及しており、また遠目からでも良くない状態だったのは見て取れた。芝に関しては昔ほどではないにせよ、アジアを戦う上でついて回る問題でもある。悪コンディションを跳ね返すくらいのタフさを身に着けてほしいとも思う。

天皇杯を制したフロンターレは来季新設されるACLエリートへの出場権を手にしている。

(取材・文・写真/江藤高志)

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