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☆☆☆無料記事☆☆☆~稲村隼翔がこの夏、聖籠で受けた刺激と変化~【取材ノート】Text by 杉園昌之(スポーツライター)

2025年度の加入内定が決まっている東洋大3年の稲村隼翔選手は、開幕前の高知キャンプから始まり、すでにアルビレックス新潟のトレーニングにたびたび参加し、多くのことを吸収しつつあります。左利きで足元の技術とスピードを兼ね備えるセンターバックは、関東大学リーグでも際立つ存在。2年後のルーキーの「いま」を、大学サッカーの取材も豊富なスポーツライター、杉園昌之さんがリポートします。この記事は、無料でお読みいただけます。

■勝負の判断を、より繊細に

今年の春先、関東大学リーグの試合会場でJクラブのあるベテラン・スカウトから注目の一人として名前を聞いたのが、東洋大で3年生になったばかりの稲村隼翔だった。

「貴重な左利きのセンターバックで展開力があり、縦パスも出せる。技術とスピードがあるから、背後にボールを蹴られても、落ち着いて対応できるんです。あれはどこのクラブも欲しがるようなタレント。だけど、もう決まったらしくて……」

182cm、70kg。センターバックとしては線が細いかもしれないが、それを補って余りあるセンスを評価されていた。アルビレックス新潟から2025年度加入内定のリリースが出たのは、その少し後である。他クラブのスカウトもうならせた逸材は今季、シーズン序盤から評判に違わぬプレーを見せている。目を引いたのは、鋭いくさびのパス。もともとはボランチ、サイドハーフでプレーしており、足元の技術とパス能力には自信を持っているという。

センターバックにコンバートされたのは、前橋育英でプレーしていた高校2年の夏。元日本代表の松田直樹をFWからCBに移し、大成させた名伯楽の山田耕介監督に可能性を見いだされたのだ。そのポテンシャルは、やはり本物だった。東洋大では2年生の頃に頭角を現し、センターバックとしてレギュラーの座をつかむと、シーズンを通して活躍。今年2月には関東大学選抜にも選出され、瞬く間にプロ内定を勝ち取った。

そして、内定発表から約5カ月。シーズン終盤の関東大学リーグで見た稲村は、さらに自信を付けていた。最終ラインで余裕を持ってボールを持ち、サイドハーフへ速いパスを次から次に丁寧に付ける。ミスらしいミスはほとんどない。ただ、一つ気になったのは、チャレンジする縦パスの本数が少なくなっていること。

「センターバックとして『やり過ぎ』ないないようにしているんです。これまでは自分のプレーを出したい欲が強かったので。今は勝負するパスと周囲を生かすパスを使い分けることを意識しています」

持ち味であるビルドアップを変化させたきっかけは、新潟の練習参加だった。大学リーグの中断期間を利用し、夏の1カ月半は聖籠で過ごした。クラブでトレーニングするのはシーズン前のキャンプを含めて、計3回目。新潟のサッカーに少しずつ馴染み、チームメイトとのコミュニケーションも円滑に図れるようになってきたという。そして、同じポジションの千葉和彦、舞行龍ジェームズといった経験豊富な選手から多くのことを学んだ。

「千葉さんも20代前半の頃は、差し込むパスばかりを狙っていたようです。でも、『それだけではプロで生き残っていけないよ』と経験談を交えて、アドバイスしてもらいました」

中央への縦パスを成功させるためには、サイドに展開するパスも必要になってくる。外に相手の注意を向けることで、中も空いてくる。千葉の助言を実践している稲村は、ピッチ全体を俯瞰(ふかん)することを意識していた。

「以前からメンタル面を安定させるために自分を客観視することを心がけてきましたが、今はピッチの中でも客観的な視点を持つようにしています」

左サイドから対角線上に出すサイドチェンジは目を見張るばかり。斜めにボールを運び、得意の左足で右サイドハーフの足元へピタリと届ける。東洋大の井上卓也監督からもずっと指導されてきたパスである。

「千葉さんがすごくうまいんです。実際に間近で見ると、全然違いますね。僕は新潟の練習に入れば、まだまだ精度が低いほう。パス1本1本にもっと目を向けたい。正確性だけでなく、強弱もそうです」

関東大学リーグでは攻守両面で際立つ存在になっているが、まだJ1のレベルに達していないという。持ち味のビルドアップを磨くだけではない。「いま取り組んでいることは山ほどあります」と苦笑する。センターバックとして、守備面のレベルアップにも励んでいる。

「前で奪い行くときは、ボールを取り切り、味方に正確につながないといけません。90分を通して、まだすべての局面で勝てていないので。1対1の勝負には絶対に負けてはいけない。五分五分のボールにしても意味がない。『前に出る、出ない』の判断も繊細にならないと。僕はセンターバックなので、守備でも評価されるようになりたいです」

プロ入りまでにさらなるフィジカルの強化を図っていくつもりだ。現在は食事面にも気を使い、肉体改造に力を入れている。半年以内に75kg、最終的には80kgくらいを目指すという。飽くなき向上心を持ち、あくまでこだわるのはJ1基準。

「来年は特別指定選手として、Jリーグの試合に出るのが目標の一つです」

早くに新潟の内定を得たからこそ、稲村はよりストイックに取り組んでいるのだ。ビッグスワンでのプレーする日も、そう遠くないのかもしれない。

【筆者プロフィール】杉園昌之(すぎぞの・まさゆき)/スポーツライター。ワールドサッカーマガジン、週刊サッカーマガジンの編集記者、通信社の運動記者を経て、現在はフリーランス。2012年11月24日のユアスタで取材した新潟の試合は、今も忘れられない。当時、担当だったベガルタ仙台は初優勝の望みが消え、一方新潟は奇跡の残留を果たすきっかけに……。

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