「川崎フットボールアディクト」

パリ五輪出場権獲得後のなでしこと、北朝鮮サポーターのゴール裏【えとーセトラ】

サッカー女子日本代表のアジア最終予選を取材した。

事前の報道では、日本人サポーターのチケットの売れ行きが芳しく無く、北朝鮮サポーターに圧倒されるのではないかとの危惧が伝えられていたが、実際に北朝鮮サポーターの統制の取れた応援はそれなりに迫力があり、北朝鮮の選手たちの背中を押し続けていた。

そんな彼らの応援の力が特に感じられたのが81分からの時間帯だった。なでしこは、76分の藤野あおばの得点により点差を2点に広げていたが、そこからわずか5分後にキム・ヒェヨンにゴールを許す展開に。1点差にしてからの北朝鮮サポーターの声援は国立の雰囲気を一変させており、正直な話、同点ゴールを奪われそうな空気感すら醸し出していた。

落ち着かない試合終盤になったが、その北朝鮮の圧力をなでしこは跳ね返して勝利。無事にパリ五輪への出場権を手にした。

喜ぶ日本人サポーターに対し、北朝鮮サポーターの悔しさはいかばかりかと思う中、なでしこの選手たちが能登半島地震への支援を呼びかけるバナーを掲げて場内一周を始めた。北朝鮮サポーターの前をどうするか、ハラハラして見ていると、そのままゴール裏へと歩みを進め挨拶。それに対し、北朝鮮サポーターは手を振って健闘を称えていた。

意外な光景に頬が緩んだ。

試合後の会見で池田太監督は、北朝鮮サポーターに対する挨拶時に「オリンピックで頑張れという声」を聞いたと言う。試合が終われば国籍は関係ないということなのかと感動した。

北朝鮮というと何かとお騒がせな国というイメージしかないが、面と向かって話すと、わりと話せる人ばかりなはずで、実際に北朝鮮代表歴のあるチョン・テセやアン・ヨンハといった選手たちは普通にナイスガイだ。ACLなどでアジア各地を巡ってきた個人的な経験も踏まえての話だが、国と国との関係と、人として1対1で対峙したときの印象は全く違うということ。

もちろん北朝鮮サポーターは在日として世代を重ね、日本にかなり同化しているということもあるのだろうが。

ちなみに山東泰山戦後、等々力のミックスゾーンで高准翼(ガオ・ジュンイー)に話を聞いた。彼は2014年に富山で。15年には福岡でプレーしておりわずかながら日本語が通じた。

日本語をある程度聞くことはできると話す高は、自分の思いを日本語で伝えることに難しさがあると話していたが、「すばらしいです、強かったです」と称賛するフロンターレに対しての勝利だったこともあり「勝利が信じられないです、はい(笑)」としみじみと語っていた。

山東の2点目を決めた高は、高速カウンターからのファインゴールに大喜びしていたが、それは「日本に対する憎しみのような感情もあり、余計に嬉しかったのだろう」くらいに勝手に想像していたが、実際に面と向かって話す高は、親しみやすい人柄と、たどたどしいながらも日本語を話そうとする姿勢に加え、純粋にゴールが嬉しかったと明かしてくれて、試合中に感じていたねじれた感情が霧散した。

そんなわけで、なかなかややこしい東アジア情勢ではあるのだが、スポーツを通じての交流はやはりいいなと感じつつ、これこそが言葉を使える人間の良さだなと思った次第だ。

だからといって、拉致被害者のみなさんのことは忘れてはならないということは書き添えておきたいと思う。それはそれ、これはこれ。

(取材・文・写真/江藤高志)

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