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森崎和幸物語/第15章「森保一と名波浩」

不安は確かに存在した。

理解者であるミハイロ・ペトロヴィッチがいなくなることで、自分の体調とどう向き合えばいいのか。そもそも、理解してくれるのか。だがそこは、次の指揮官の名前を聞いて気持ちは楽になった。

森保一。森崎和幸がユースで夢を見ていた頃、広島で主軸を張っていたレジェンドが、新しい監督として戻ってきたのだ。

カズは森保一がどういう人間性をもっているのか、よくわかっていた。病気のことも必ず理解してくれることもわかっていた。実際、森保監督に森崎兄弟の症状のことを聞いた時も「普通に、自然体でやっていきます」と笑っていた。そしてその言葉に嘘がなかったことは、その後の5年間で完璧に証明してみせた。

カズが気になっていたのは、また違うことだ。

「僕がデビューし、試合に出たことで、森保さんは出場機会を失っていたんです。そこを僕は勝手に気にしていた」

その気配を察することができる。これが、森保という監督の大きな武器である。監督とはただ、試合で交代策や戦い方を指示するだけではない。むしろそんな仕事は100のうちの10程度だ。そこに至るまで、どういうチームをつくるのか。そのために選手たちをどれだけ成長させ、どれだけ「チームの勝利」に向けて気持ちを集中させるか。そこが大きなタスクであり、使命でもある。

「カズが入ってきて、俺がポジションを失った。最終的にはチームを去る(2001年オフ)ことになったけれど、それはこの世界では当然のことなんだよ」

この言葉を聞いた時、カズの心の中にあった小さな棘が、スッと洗い流されたような気がした。その棘は、決してずっと痛みを彼に与え続けてきたわけではない。だが、たとえそういう小さなものであっても、取り除かれれば全てがスッキリとなる。そういう経験は誰にでもある。カズの場合、その「小さな棘」は自分では取り除くことができなかった。そこに気づき、ケアできる。そんな指揮官がやってきたことは、カズにとっても広島にとっても、幸せだったと言える。

2012年前半の森崎和幸は決して好調だとは言えなかった。だがカズ自身が「自分はどちらかというと、自分のプレーに対する評価は厳しい」と語っているように、周囲は決してそうは見ていなかった。森保監督に「コンディションがなかなか、あがらないんです」と相談しても「そうか?今のプレーでまだ万全ではないっていうのなら、この先がもっと楽しみだ」という答え。それは指揮官が無理にそう言っているのではなく、周りの誰もがそう見ていたのである。

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