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森崎和幸物語 第1章(無料)

 

相手との間合い、そしてボランチとしての動き方がわかったのか、前半とは見違えるような生き生きとした動きで、ボールに絡み始める。相手ボールを奪って、攻撃の起点となる。スペースに顔を出してボールをキープし、素晴らしい精度を持つロングパス・ミドルパスと視野の広さを見せつける。

まだ味方がカズのパスの特徴を理解していないために、それが決定機につながることはなかった。だがとにかく、後半のサンフレッチェの攻撃のほとんどは、カズが起点となっていた。ボールがキープできるカズは、やや球離れが遅いシーンもあったものの、確実に広島の中盤を支えていた。

守備、という部分でいえば、まだまだ学ばなければいけない。森保、桑原、吉田各ボランチの危険察知能力、粘り強いマーキング、ポジショニングの確かさと比較するのは、酷というものだ。だが、展開力、ボールキープ力、パスの精度、ゲームメイキングなどは、カズは十分に先輩たちと伍して戦える。特に、視野の広さは特筆もので、カズの頭の中ではスペースが自然と浮かび上がってくるかのようだ。

もちろん、中田英寿のような超一流と比較するのはまだ酷だが、これからの成長いかんでは、すばらしい展開力を持った攻撃的ボランチとして、広島の今後10年を支えてくれる可能性は、十分に感じさせる」

トムソン監督はカズについて「ベリー・グッドだ。プレイの質も素晴らしかったし、若いのにパニックに陥っていなかった。カズはすぐにでも(Jリーグで)通用する。ケガ人の復帰状況にもよりますが、(11月20日の)G大阪戦で起用する可能性は高いですね」と指摘。今西和男総監督(当時)も「初めてのトップでの試合であれくらいやれれば、いいんじゃないかな」と評価していた。また、この日はプレーしなかった森保一はカズについて、こんな言葉を語っている。

「うまいよね。カズだけじゃなく、浩司もそうだけど。あの無表情さの中に、どんな力が隠れているんだろう(笑)。

もちろん、周りに指示を出して中盤を組織化することは、まだ無理。経験がいる仕事だし、おそらく今のカズは、自分のプレーで精一杯だと思う。でも特にボールに絡んだプレーは本当にいいですよ。実際、俺らと一緒に練習をやっても、まったく遜色ない。ミスはしないし、あいつらにボールを預けると、リズムが出る。キープ力もあるし、ボールも失わない。もちろん不安もあると思うけど、普段からいい準備をして臨んでいれば(やれる)。

ただ確かに、カズと浩司はうまい。でも俺は、この何年間で巧いやつはたくさん見てきました。アンダー何とかの代表に選ばれた奴らもね。でも、みんながみんな、今も生き残っているわけじゃない。巧い、に加えて精神的な要素が本当に重要なんですよ。だから、カズにしても、無表情のままじゃいけない。グラウンド外のことはともかく、ピッチの中に入ったら、もっと自分を出して、アピールしないと。俺にとってはもう、カズはライバルですよ。あいつから教わることだって、ありますからね」。

ただ、本人には満足感はなかった。

「トップの人たちとこんなに長く、一緒にプレイするのは初めてでしたし、動きは硬かったです。少し、緊張もありました。自分のプレーには納得していません。攻守の切り替えが思ったようにできなかった。相手のプレススピードが思った以上に速かったです。

でも自分が前に動いて味方にスペースをつくる、という動きが、いい勉強になりました。難しいことに挑むことが、進歩につながると思います。(G大阪戦は)もし出られることになれば、頑張りたいと思います」

11月21日、森崎和幸は万博記念競技場でデビューを果たした。結果は引き分け。120分の激闘の中、主審の判定に激高したトムソン監督が退席処分にあうという事件もあったが、このG大阪戦こそ、彼の400試合に向けてのスタートとなった。

まず、この試合でのカズのコメントをご紹介しよう。

「自分の出来としては、50点です。確かにボールをつなぐことはできましたけど、それだけでした。もっと得点につながったり、チャンスをつくるパスを出したかった。守備はできたと思いますけど、とにかくユースとはスピードが違う。同じパススピードだと、相手にとられてしまいます。判断も含めて、もっとスピードアップしたいですね。

後半途中(73分)で交代しましたけど、特に疲れているとか、ばてたということはありませんでした。もっとできると思いました。でもそれは、自分では気づかないだけで、まわりから見れば、疲れているようなプレーだったのかもしれません。パスミスもあの頃から増えてきましたし」

一方、一緒にプレーした他の選手は、カズをどう評したか。ボランチでコンビを組んだ大久保誠の見解である。

「カズも俺も安定してやれていたと思うんで、(途中交代ではなく)もっとやりたかった」

帝京高から広島に加入し、プロ1年目となったこの年に6得点。Jリーグ優秀選手に選出された高橋泰のコメントだ。

「カズは、もっと声を出してほしい。ボランチは一番声を出さなきゃいけないポジションですからね。でもまあ、普段の練習もなかなか一緒にはできない状況だから、先輩に対して一歩引くところが出てしまうのはわかる。それは、僕も経験があるから。まあ、もっと一緒にやれれば、きっと大丈夫だと思いますよ。プレーはよかったわけですから」
そして、エディ・トムソン監督である。

「カズは試合の中でパニックになることもエキサイトすることもなく、いいプレーを続けてくれました。バランスも視野の広さも見せてくれました。最初の10分くらいは戸惑っていましたけど、それ以降は安心して見ていられましたね」

17年前に行われたこの試合については、さすがに断片的なもので、詳しいことは語れない。やはり、リアルタイムに書いたレポートをここで読み返したい。

 

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