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【日々、紫熊倶楽部】勝って、負けて、そして食べる。

歴史的といっていいエキサイティングな試合が終わった後なのに、周りの空気は沈んでいた。柏好文の「シミュレーション」判定によるゴール取り消しだけでなく、PA内の微妙な判定の連続にストレスは溜まっていた。

試合後の記者会見、マン・オブ・ザ・マッチに選ばれた遠藤康は、こうコメントした。

「広島の気持ちも持って、僕らは上にあがり、優勝したいと思います」

広島の気持ち。彼の言葉が気になった。

「どういう思いで、その言葉を口にされたのですか?」

僕の質問に彼は、まっすぐな表情で答えた。

「試合後、広島の選手たちが審判に(判定のことを)言っていたことは知っていました。ああいう気持ちは、僕らもわかる。ちょっと不安定なジャッジもあったし、(だからこそ広島の選手たちが)悔しい想いをしていることもわかるから、その思いをくみとって、僕らは上にいきたい」

彼は最大限、広島の想いを背負っていきたいという意志を示してくれた。もちろん、広島側からすれば、複雑である。結局は勝者のコメント。そう言われれば、それまでだ。だけど、こういう言葉を口にする必要はない場面でもないところで、彼は自分から「広島」について口にした。判定についても言及した。できることではない。遠藤康という選手の人柄を垣間見た。彼のコメントを素直に受け止めることができた。それはきっと柏好文が「鹿島を応援したい」というコメントを口にしたこととも、リンクしているのかもしれない。

記者会見室での城福浩監督が想いをこらえきれず、怒りと悔しさのオーラを全身から発揮していた。記者たちはその雰囲気におされ、質問を投げかけることもできずにいた。

「受け入れられない結果だったと思いますが、あえてポジティブなところをあげるとすれば」

酷な質問であることは、わかっていた。だが、あれほど頑張った選手たち、思い切って超攻撃的な采配に出た指揮官。チームの想いを、前向きな言葉で聞きたいと思った。

しかし、監督は12秒間、押し黙った。

「頑張ります」

そう答えるのが精一杯だった。

ミックスゾーンで柏好文に話を聞いた。冷静だった。だが、「シミュレーション」の判定になると、想いが飛び散った。

「どういう状況であれ、自分はゴールに直結するボールを出しているし、それがゴールしたという事実もある。倒されたかどうかというよりも、その状況の中でもしっかりとパスを出している。ゴールに直結するボールも出しているわけで、そこは最後まで……。(PKを)もらいにいってダイブしたというより、決定的なパスを出している(という事実)。そこで勝敗が決定する。そういう想いが自分の中ではある。自分たちの意見として、ゴールに行くまでの過程として見て欲しかったという想いはあります」(TSSサンフレッチェ広島公式モバイルサイトにはコメント全文掲載)

何を言っても判定は変わらない。それがわかっていても、言葉を吐き出さざるをえない。吐き出すことでバランスをとるしかないのである。

ここまでのドラマティックな試合は、そうはない。どうしても点をとりたい、2点差をつけたい広島。守備を固めつつもカウンターを狙い、アウェイゴールで勝ち上がりを確定させたい鹿島。両者の思惑が錯綜し、駆け引きの中にも決意がみえたプレーの数々。鹿島は開始早々にチョン・スンヒョンが負傷交代しているだけでなく、安西や白崎がケガや疲労で先発できない状況。安部も南米選手権で不在だし、エース格の伊藤翔もピッチには立てない。一方、広島も松本泰志や大迫敬介が南米に行っており、エミル・サロモンソンが負傷。ハイネルは登録の関係でプレーできないし、青山敏弘はまだピッチに立てず、稲垣祥が出場停止。互いに難しいチーム状況の中で、やれることをやりぬこうと戦っていた。その想いの結実が、すさまじいドラマを生み出したのだ。

判定とかの問題かなければ、指揮官も選手たちも「やるべきことはやった」という爽快感を表現してくれただろう。あれほどの試合だったからこそ、上に行けなかったことは悔しい。しかし、鹿島の決然とした戦いと広島の覚悟とのせめぎ合いは、立場の違いを超えて心に突き刺さった。

Jリーグに対する熱を広げるためには、こういう試合を繰り返すことが生命線だ。スタジアムの環境をよくしないといけない。複合型でサッカー以外の楽しさを整備しないといけない。確かにそのとおりだし、筆者もそういう主張を繰り返してきた。しかし結局は、肝心のメインコンテンツが重要なのである。シネマコンプレックスの登場は映画の鑑賞環境を劇的に変化させ、それまでの「映画のためには固くて座り心地の悪いシートにも我慢しないといけない」などという感覚を変えた(ただ、広島には昔から、シネマサロン・シネツインという素晴らしい映画館が存在したことは付け加えておきたい)。しかし、映画というコンテンツそのものが優れていなければ、人々はそこに足を運ばない。当然である。サッカーにおいても、サッカーというスポーツの素晴らしさが感じられなければ、あるいはサンフレッチェ広島というチームが素敵でなければ、誰も足を運んでまで見ようとしない。

負けても、スタジアムに足を運んでくれる環境をつくりたい。

プロスポーツの夢ではあるが、それができるようになるには、歴史を必要とする。しかもその歴史は、相応の苦難の積み重ねであり、必ず達成できるとも限らない。その努力の中で、もっとも重要なのは、見た人の心を動かすパフォーマンスを見せることだ。それは「止める蹴る」の技術を見せることでも、「ポジショナルプレー」などの話題の戦術的要素をふんだんに折り込むことでもない。選手たちが覚悟と決意をもち、自分たちの持っている力を全て発揮して、ひたむきに努力を続ける。その姿を見せることだ。技術も戦術も、そのためのツールでしかない。

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