【クラブニュース】杉本大地が“母校”を訪問し後輩たちに人生の授業。自らの経験則を高校生へと伝えた。

杉本大地が質問に笑顔で答えると、生徒たちも和んでいた。
本日31日、全国に拠点をもつ通信制、単位制の高校である第一高等学校の名古屋キャンパスに杉本大地が訪問、オンライン合わせて50人以上の生徒たちに向け、自らの経験を伝える授業を行なった。杉本は京都の育成組織時代、高校3年次にトップチーム登録されたことがきっかけでこの通信制高校に“転校”。スクーリングは数日のみで1年間限定とはいえ、後輩たちの対話のオファーを快諾し、「人生バロメータ」に沿って自分の考えや経験を包み隠さずに話した。生徒たちのウケも反応も良く、「生徒たちのおかげです」とにこやかに振り返る約1時間だった。

全国に拠点を持つ通信制・単位制の高校である第一高等学校の名古屋キャンパスに、同校出身の杉本大地が訪問した。この日はハロウィンパーティが行われるとのことで、仮装している生徒たちもちらほら。
当初は先生との掛け合いのような形を想定していた杉本だが、始まって「どうぞ」となってスタートは困惑。しかしすぐに持ち直して事前に用意してあった「人生バロメータ」を元に、自分の半生を振り返り始めた。幼少期から京都でのトップチーム登録、そしてその後、の二部構成で話した杉本だが、彼らしく実直に、適度な軽やかさも含んでトークを展開。後輩たちの反応も上々で、「サッカーを始めた理由は幼稚園の時に駆けっこでどうしても勝てない子がいて、足が速くなりたくて始めたんですけど、1試合ずっと走るのしんどいのでキーパーになりました」など、ちょっとしたジョークにも笑い声が上がる教室にこの新任教師の舌も良く回った。

事前に準備した「人生バロメータ」を使って自分の経験談を話す杉本大地。進め方が想定とは違ったらしく、ちょっと戸惑うスタートではあった。

少し見にくいがこれが杉本大地の人生バロメータ。これまで詳細に知ることのなかった紆余曲折がたくさんある。
杉本の話術はちょっと辛いことでも明るく話すのが特徴的で、それが絶妙に生徒たちの心をつかんでいったところがある。たとえば磐田のユースに昇格できなかった当時のことはこう振り返る。
「ジュビロ磐田の中学生のチームに入団したことで、僕は満足しました。学校でも周りからチヤホヤされます。それで僕、天狗になりました。調子に乗って、中学校の時って“悪い”がかっこいいみたいな時期で、練習をサボったり、なんか今日は気が乗らないなって休むとか、日常茶飯事であったんですね。それがたたって高校生のチームに落ちたんですね。僕は高校のチームにも行けるって思って勉強もしてなかった、サッカーもサボってた。ってことは、そのチームに行けなくなった時にお先真っ暗になったんです。だって勉強ちゃんとやってないんだから。今さら受験したってどこにも受からない。まずいなと思ってた時に奇跡が起きて、運良く京都のJリーグのチームの高校生チームから声がかかった。これはもう本当に自分の実力でもなんでもない、本当ただのラッキーだと思う。それで16歳の時に1人で親元を離れて京都のチームに行きました」

前列には様々な名古屋のユニフォームを着て歓迎してくれる生徒たちがいた。
練習をサボっていた杉本は京都ユースの練習にもついていけず、ようやく身体もできて動けるようになったら膝を負傷し離脱。その後、3年生になる時にトップチーム登録されたことで第一高等学校の一員となったという。ここまで話して授業は一旦落ち着き、自分がちゃんと話せているか不安になった杉本が質問を受け付けることに。生徒たちからはとても興味深い質問が多く、こうしたイベントとしてはかなりバラエティとクオリティに富んだ質疑応答の時間となった。いくつかを抜粋してみると、こんな感じである。

パッと見で体育教師のような杉本大地。まだ表情は硬い。
Q:挫折を経験された時に、自分が世界からいなくなりたいとか、そういう風に思ったりしたことはありますか。
「僕の場合、挫折がサッカーの挫折でしかないので、サッカー以外の生活では能天気というか。ポジティブシンキングで、なるようになるとしか思ってない人間なんで(笑)。サッカーにおいての挫折の話をすると、最初の挫折はジュビロ磐田のユースチームに落ちた時に、サッカーやめようかなと思いました。というのも、俺は本当にサッカー好きなのかなって。だってサッカー好きだったら練習サボらないでもっと頑張れてたはずだろうと。はっきり言って、どこからも声がかからなかったら、自分で進路探してまでサッカーしようっていう気にはなってなかった。たまたまここで本当に運良く、たぶん人生の運を全部使ってます。ここで1回。いなくなりたいっていう意味では、サッカー界からいなくなりたいとは思ったところはあります。だから、なるようになるかな。言ってもまだこれ15歳とかでしょ。人生って今100年時代って言われてるから、もう前半も前半なわけで、こんなとこで人生決まっていいわけがないんだけど、やっぱりそれぐらい、この多感な時期って、『もうこれがダメだったら俺ダメだ、おしまいだ』とか思っちゃうんだけど、案外そんなことないから」

中学生の時、練習をサボりすぎて90㎏あったと語る杉本大地。
Q:今はサッカー好きですか。
「それはね、今でもクエスチョン。きつい練習とか、ケガしたり、今だったら試合出られてないキツい立場。サッカーが本当に好きなのかなって思う時はあるけど。みんなそうだからね。仕事してる人って。本当に自分の仕事が好きでやっている人っていうのはそんなたくさんいるわけじゃない。それに比べたらやっぱ自分は好きなことをやってるから、それは言われてみれば確かに好きかもしれない。うん、昔よりは好きです。間違いない」

だんだん授業っぽくなってきた教室。
Q:座右の銘はなんですか。
「お、これ今日の話とちょっとつながるかもしれないですけど、アントニオ猪木って知ってます?(反応鈍い)。あ、そういう感じなんだ、もう(笑)。その人の言葉で、『この道を行けばどうなるものか。危ぶむなかれ危ぶめば道はなし。踏み出せばそのひと足が道のりに、そのひと足が道になる。迷わず行けよ。行けばわかるさ』。この後が『行くぞー!1、2、3ダー!(ここで一部に反応)。知ってる人は知ってるよな? 要するに、この道を行けばどうなるものかっていうのは、みんなわかんない。チャンスがあっても、道があっても、どうなるかってさ、その場ではわからない。なんか怖いから行くのやめようって止まることは簡単だよね。でも行けば何があるかわかるよね。とにかく、なんか道があった時に、わかんないことがあっても、チャレンジしてみること。僕、今日こうやって授業しに来てますけど、初めに話をもらった時に『えー』って言いました。やったことない、どうやっていいかわかんないからって。今でもそう思ってる。どうやっていいかわかんない。でも案外やってみたら経験になるし、自信って小さい成功体験の連続でつくものだと思うんですね。うまくいったことを成功体験にして、次にそれを活かせば今よりもっとレベルアップできる。ということが自分の中にはあって、だから僕はとにかくチャレンジすることを意識している。やりたくねえなって思うことはみんなにもめちゃくちゃあると思うんだけど、やってみたら案外できちゃうこともけっこうある。すぐにはできないけど、やり続ければ案外できちゃうことってのは多い。僕はこの人生をもってそれを知ったからこそ、チャレンジして、やりたくないことも1回やってみる。1回やった上で、やりたくないならもうやらなくていいっていうのは意識しています」

アントニオ猪木があまりわからない生徒たちに、あの名言を教える杉本大地。「1、2、3、ダー!」まで行ってやっと「ああ!」という反応が出てきた。
Q:サッカーが好きかどうかわからない中で、サッカーを続けていく中で大切にされていることは。
「“1日、1日のベストを出しきる”っていうことです。正直、人間なんでその日の体調もあるし、今日やる気出ないなとか、具合悪いなとか、いろいろあると思うんだけど、その日のベストを出しきるってことを習慣にすると、1日1日に手を抜くことがなくなる。その日できることの精一杯をやれば、明日にどんどんつながっていく。みんな当たり前にやることってあるよね。寝る前に歯磨きするとか、お風呂入るとか。それをやらなかったら気持ち悪くない? 歯磨きしなかったら寝たくないなとか、お風呂入んなきゃ寝たくないなとか。みんなにとっての習慣ってあると思うんだけど、 それと一緒で、1日1日でベストを出しきらないと、僕の中では夜寝る前に気持ち悪いとか、練習からの帰りの車の中で なんとなく気持ち悪いっていう感じになる。そこは意識してやってるつもりです。一番大切にしてます」

「1日、1日のベストを尽くす」という話の流れで「僕、頑張ってますよね?」と聞かれて驚きました。もちろんです。
Q:長年プロとしてやってきて、どうしても勝てないと思ったゴールキーパーの選手はいますか。
「いっぱいいますよ、全然。それこそ今、同じチームでやっているランゲラック選手は今まで見た中でナンバーワン。ちょっと技術的なものとか、身体能力的なものとか、そういうものを超越した…。なんかそもそも違う動物を見てるみたいな。追いつこうと努力して、近づいている気はするけど、まだまだ距離があるなっていう。それを一番感じた選手かなと思います」

大きなジェスチャーも話と相まってとても理解がしやすかった。先生の才能、あるかも?
みよしFCの選手たちに行なった武田洋平の講話の時もそうだったが、キーパーというのは本当に深いポジションで、それだけに経験を振り返るだけでも数々の人生訓が飛び出してくる。かなり充実の質疑応答の後、再開した後半の授業ではプロとしての日々を語るパートに。2年間出場なしの後につかんだプロデビュー戦で、1-5の大敗を喫してピッチで泣いたこと、リオ五輪の出場権を獲得したU-23日本代表で味わった、本大会サポートメンバーの辛さ、移籍した横浜FMでの優勝経験など山あり谷ありのプロ生活だったが、最も興味深かったのは原因不明の膝の負傷にまつわる話だった。
「ケガで優勝の時にはピッチに立ってないんですが、その時のケガっていうのが、ちょっと原因がわからないケガで。練習してたらいきなり膝がガクッと落ちて立ち上がれなくなって、検査したんだけど何が原因かわからない。手術して、中を見てみなきゃわからないと。そこでドクターからは『これでサッカー人生が終わる可能性もある。半々だ』って言われた。でも実際、中を見てみて、目が覚めたらドクターが横にいて、『ちょっと何が原因かわかんないけど、とりあえず綺麗にしといたよ』って(笑)。そんなことある?(笑)」
ここで生徒たちも大笑い。そこから始まったのが、例の“二軸”の動きへの挑戦だったという。

手術して全身麻酔で、と話していた時の顔。
「綺麗にしてもらったんで、やれることはやろうと思って復帰して、膝はまだ痛い中で復帰して1年、2年やってきたんだけど、やっぱり膝の調子が上向かない。そこで29歳の時に『そもそもの身体の使い方を変えちゃおう』と。膝が痛くなるような動き方とか立ち方とか生活をしているからダメなんだと思って、ここでめちゃくちゃ高いパーソナルトレーニングに行きました。めちゃくちゃ高いですよ。月収ぐらい行きました(どよめく生徒)。5回で月収。その後は大きなケガもなくなりました。そこに行くまではすごく、怖さというか、10年以上プロ選手としてやってきた土台を全部崩して新しいものを入れるので。野球で例えたら大谷翔平がアンダースローで投げる、右打ちになる、みたいな感じだからすごく怖かった。けど、これがうまくいって若い時の、良い時の自分の動きを取り戻してきた時に、グランパスからオファーがあって今に至ります。とにかくケガが僕のサッカー人生は多くて、親にもすごい心配されてます。こんな人生でした」

なんとなくだが、教師の顔になっていった杉本大地。あるいは先輩の顔だったか。
杉本の話が面白いのは、挫折との向き合い方だと思う。この二軸への挑戦にしても、この後に再びあった質疑応答のコーナーでまた聞かれ、「膝を手術してからごまかしながらやってたけど、このまま続けてても伸びしろがないなと。だったら根本的に変えないと、どんどん下がってくるだけになっちゃうから、ここで一発賭けにに出ようと」と答えている。サッカー以外では能天気と自分で語る一方、そしてサッカーが本当に好きなのかと自問自答する一方で、プロサッカー選手であることに対しては貪欲で、いい意味で思いきりが良い。ダメならダメでなるようになる、という考えの持ち主であったことも幸いしているが、それは高校年代の子どもたちにはとても勇気づけられる先輩の経験談だったのではないか。事実、この授業は本当に生徒たちの反応がよく、事あるごとに感心する声、感嘆のため息が聞こえてきた。行けばわかるさと先生役を買って出た杉本も、「次やるならもっと準備する」と、次回に意欲を見せたほどだ。

教壇の前に立つ杉本大地。教室には約40名、オンラインでの参加で10名以上が彼の授業を受けた。
最後のあいさつの際も「何を言うんでしたっけ?」ととぼけた杉本だったが、気を取り直して「みんなのおかげでやりやすかったです。何回か言ってるんだけど、みんなはまだ若いんで、ここで人生決まるってことはないし、あっちゃいけない。とにかくいろいろな道があった時に、怖気づいたり、やめとこうかなっていう前に、1回チャレンジしてみてほしい。チャレンジした上でダメだったらダメだし、それが自分に合ったりするかもしれない。それでどんどん未来の可能性を自分で切り開いていってほしいなって思います」としっかりメッセージを伝え、50分間の授業を終えた。

あっと言う間に時間が過ぎ、「では最後の挨拶を」と言われて「何を言うんだっけ?」と戸惑う杉本大地。
授業後の取材の場でも多くを語った杉本だが、そちらは直接コメントを見ていただければと思う。とにかくこうした“夢先生”的な催しとして、杉本先生の授業はとても面白かった。まだまだ多くの興味深い質疑応答があったのだが、そちらはまた機会があればということで。こんなにも深みのあるゴールキーパーがいる名古屋のGKチームを、改めて素晴らしいグループだと思った。

杉本大地の挨拶では、「みんなはまだ若いんで、ここで人生決まるってことはないし、あっちゃいけない」という言葉がとても印象的だった。

記念のサイン色紙を生徒にプレゼントする。

サイン入りのユニフォームもプレゼント。

最後は「1、2、3、ダー!」で記念撮影。

生徒たちの花道に見送られ、授業は終了。とても良い、そして濃い50分間だった
□next page イベント終了後の杉本大地選手コメント
杉本大地選手
Q:いやあ、いい話でした。
「いやいやいやいや(笑)。あの形態で行くなら最初に言ってほしかったですけど。そうしたらもうちょっと準備していきましたよ。強化部の人に『今日大丈夫ですかね?』って聞いたら『大丈夫だよ、先生がなんとかしてくれるよ。あとは出たとこ勝負でしょ』とか言ってたら、ほんとに出たとこ勝負になっちゃって(笑)。人生のバロメータ書いたから、このことを喋るしかないじゃんってなりましたよ。あとはどれだけ質問を募って、時間を使うかとか」
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