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【今日という日の歴史的1枚※無料記事】2019年5月8日/ACL決勝トーナメント進出と森島司の加速

焦る広州恒大は、とにかく早くボールを前に運びたい。しかし、森島司がそれを許さない。必死になって、必死になって、ボールをキープしようとした。

がんばろう。がんばろう。

うん、そうだ森島。がんばれ、がんばれ。

やがて。

時計が進んだ。赤いシャツのチームがボールを前に蹴った。彼らの焦る気持ちとは裏腹に、試合終了のホイッスルが鳴った。

勝った。1-0。完封勝ちだ。アウェイで0-2と完敗したアジアのビッグクラブに雪辱を果たした。

よしっ。これで4連勝。グループステージの1位突破を1試合残して決めた。過去の広島にはないACLの好調ぶり。FC東京に0−1で敗れて以来、厳しい状況が続いているリーグ戦とは、大きく違っていた。

その立役者は、やはり若者たちの台頭だろう。第2節・対メルボルン戦では先制点を東俊希が決め、決勝点は渡大生だ。第3節・大邱戦でも渡が見事なゴールを決めて相手を突き放している。そしてアウェイの大邱戦では、森島司のセットプレーから荒木隼人のヘディングで1-0と勝利した。リーグ戦で先発にはなかなか起用されない選手たちがアジアの舞台で躍動している姿は、頼もしすぎた。

特に目立つのは、森島司の頑張りである。

「ワイドではなくシャドーでやらせてほしい」

城福浩監督に直訴した若者は、第4節・大邱戦でシャドーで先発起用され、ACL初アシストを記録した。それだけでなく、チーム全体の攻撃に躍動感を加え、彼の積極的なプレーやアイディアが、チームの勝利に大きな貢献を果たしていたのだ。

ただ、それが瞬間風速だったのか、それとも継続できるのか。

森島にとっては大きな試金石となったのが、この広州恒大戦だった。グループステージで勝点を落とし、ここまで4試合で勝点7。首位の広島とは2ポイント差をつけれられ、3位の大邱は6ポイント。もし、ここで広島に敗れ、大邱がメルボルンに勝利すれば順位はひっくり返り、ラウンド16進出に暗雲が立ち込めてしまう。最低でも勝点1を持ち帰りたい。それが彼らの思惑だったはずである。

つまり、広州恒大との闘いはガチだった。そのガチの闘いで、森島がどういうプレーを見せてチームを勝利に導くのか。彼自身が試された試合だったと言える。

そして森島は、期待に応えた。佐々木翔のゴールをCKからアシスト。そのキックの質・スビード共に素晴らしく、佐々木翔が触らなくても入ったのではないかと、錯覚を覚えるほどだった。試合に出ていない時に、彼自身が取り組んだシュート練習が実を結び、彼のキック力は以前とは比較にならない質となっていた。

改めて思うのは、サッカーとはやはり「止める・蹴る」なのである。風間八宏前名古屋監督の言葉ではないが、丸いボールを思い通りの場所に止められて、思い通りに蹴ることができれば、怖いものはないのだ。どんな戦術を弄しても、どんな発想を発揮しようとしても、止める技術・蹴る技術がないと覚束ない。サッカーだけでなく全てのスポーツに「ゴールデンエイジ」が存在し、この期間に基礎技術を身に付けないといけないと言われるのは、基礎を身につけるにはやはり身体も頭も柔軟な少年少女時代が最適だからだ。

ただ、長くプロサッカーを見続けると、ゴールデンエイジだけが技術の習得期ではないことはわかる。もちろん、彼らの多くは少年時代に基本的なことは身につけているからこそ、プロに入ることができた。しかし、そこで止まっているか、それともさらに磨こうとするのかで、大きな差が生まれる。槙野智章はプロに入った後もずっとキックのトレーニングを続けていたことで、ナビスコカップ(現ルヴァンカップ)決勝で直接FKを叩き込むまでになった。森島も同様である。キックを蹴って蹴って蹴り続けることで、彼の蹴るボールの威力も精度も増した。それがセットプレーからのゴールに2試合連続して結びついたのだ。

大切なのは不断の努力。自分にとって何が必要かを見極め、武器を磨きあげること。最新のトレーニング理論では「居残りはやるべきではない」と言われていて、実際に欧州系の指導者はトレーニングメニュー以外の練習を禁じている向きもある。だが、槙野や森島らの例を見ると、そして最近の松本泰志や野津田岳人らの成長を実感していると、果たして何が正解なんだろうか。

科学や理論には、絶対的な正解はない。たとえば「コレステロールは身体に悪い」「少なくとも悪玉コレステロールはよくない」という言われ方をしてきたが、ひれについて食生活ジャーナリストの佐藤達夫氏の記事を引用しよう。


「食事から摂取するコレステロールは血中コレステロール値にほとんど影響しない」という科学的データが集積され、2015年2月にアメリカの保健福祉省と農務省は「食事からのコレステロール摂取制限を設けない」ことを発表した。これを受けて、日本動脈硬化学会は2015年5月に「健常者においてはこの記載を支持する」という声明を出した。つまり世界中で「食事中のコレステロールは悪さをしない(するという証拠がない)」ということが科学的常識となっているのだが、一般の人たちには、これがなかなか伝わらない。


理論はベースに存在しなければならない。しかし、その理論が常に進化・進歩していることも、理解していないといけない。その上で、プロであるならば自分のことをしっかりと見つめ、精進を欠かさないこと。プロになっても、20歳を超えても、サッカー選手は成長できる。

中断中、森島司は足首に痛みを感じるまで、キックのトレーニングを繰り返した。「ちょっと、やりすぎました」と笑いながら、その後も機会を見つけてはボールを蹴っていた。

彼はきっと、それでいいのだ。

 

(了)

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