「川崎フットボールアディクト」

【対談】”中村憲剛”を描き出すということ「書いていて苦しくなって、彼の苦しみを追体験しているような感じになってしまって」(飯尾篤史×江藤高志)


■確固たる個
江藤「憲剛のブログにも、付き合いが長いと書いてありましたけど、今回の取材を通して、飯尾くんの中で、憲剛観が変わったところ、あるんですか?」
飯尾「自分の経歴に対する自負が強いな、って思いました」
江藤「叩き上げですからね」
飯尾「彼は、こんな風になっている今でも、自分のキャリアに対してのコンプレックスを抱えていて。キャリアを見れば、中学生のときに一度サッカーから離れ、都立高校の部活でサッカーをやって、指定校推薦で大学に進学してサッカー部に入っている。その辺のどこにでもいるサッカー少年だから、『俺なんかが』っていう思いが少しある。特にヤットくん(遠藤保仁)をはじめとする79年組に対するリスペクトはある。一方で、そんな自分がここまでのし上がってきたという自信、プライドもある。そういうアンビバレントなところがあって、どこにプライドを持っているのか、というのが面白かったですね」
江藤「なるほど、自分の中に確固たる個があるんですね。それはどういうところに感じたんですか?」
飯尾「サッカー観でしょうね。結局、(イビチャ)オシムさんの存在がものすごく大きいんですよね、彼の中で。考えながらサッカーをやってきたこととか、サッカー観そのものを、オシムさんが肯定してくれた、っていうのが、彼にとっての誇りだし」
江藤「本の中でも、存在感が大きかったですよ、オシムさん。なかなか、出会えないですよね、ああいう監督には。そういう、彼のサッカー観が作られる過程なんかも、きちんと描かれてましたね」
飯尾「そうですね。2010年から15年までを描きつつ、高校時代、大学時代、オシムとの出会いなど、かつて僕が取材して知っていたエピソードを挿話として入れました」
江藤「本の構成を考えるの、大変だったでしょう。何か工夫した点は?」
飯尾「構成はかなり考えましたね。書きながら、変わっていった部分もありますし。シーンをどんどん重ねていって映画みたいに、というのは早い段階で決めましたけど」
江藤「確かに、場面がどんどん変わっていって、読者を飽きさせないと思います。長丁場だったようですから、苦労したことも色々ありますよね?」
飯尾「ひとつはさっきも言ったように、どこでどう終わらせるかという、エンディング問題。そのあたりのことは“おわりに”でも触れていますが、落選したことによって、いつ発売されるのかも見えなくなりましたし」
江藤「それは精神的にキツいですね」
飯尾「もうひとつは、書いていて苦しくなって、何度も執筆が中断したことですね。描く対象との距離は意識したつもりだったんですけど、彼の苦しみを追体験しているような感じになってしまって」
江藤「落選のシーンとか、監督とのすれ違いとか」
飯尾「アップダウンが激しいんですよね、クラブでは調子が良いのに、代表ではうまくいかなかったり。その逆もあったり」
江藤「ここ何年かは、そうですよね。長いこと現役生活を続けていると、色々なことがあるでしょうけど。それにしても、日本代表にはなるだろうと思ったけれど、こんなに長く、フロンターレ一筋で、トップの選手としてプレーするとはね」
飯尾「本当ですね。でも、初めて彼を見たとき、縦パスを入れるタイミングが自分の好みに合っていて、『入る』と思った瞬間にスパンって入れて、『こいつ、やるな』って思ったの、覚えていま」
江藤「ああ、それは僕もそうで、関さんが初めてボランチで起用した試合を見ていて、前を向きまくったんですよ。一緒に見ていた人は『もっとやれたね』と言ったんだけど、僕は『すごく上手かったな』と思って」
飯尾「当時Jリーグを見ていて、『前向ける』っていう時に向かないでポンと下げちゃう選手が結構いたんですよ。でも彼は前を向いて縦パスをスパンって入れていた」
江藤「あったよね、そういうの」
飯尾「囲みとかでもすごくしゃべるし、『たぶん彼とはサッカーの話、すげえ合うだろうな』って思って。僕、2004シーズンの終わりぐらいから当時勤めていた専門誌でフロンターレの担当になって、彼のインタビューを初めてしたのは2005年4月なんですけど、彼は会う前から僕の名前を憶えていてくれた。そんな選手、初めてで」
江藤「ああ、憲剛は初対面の時からすごく、物腰が柔らかかったな」
飯尾「当時、クラブハウスの、僕たち記者が座るスペースに、記事が貼られていましたよね。そこに、サッカーダイジェストで僕が書いた記事も貼られていたんですよ。そうしたら、インタビュー中に、『あそこでも飯尾さん、書いてくれていますけど』ってさらっと言ったんですよ。そんな選手、いなくて」
江藤「すごい(笑)」
飯尾「話は最初から合いましたよね。バルサの話とかしたら、やっぱり合うし」
江藤「サッカー観がね。今でもそうだけど、打てば響くというかさ、そういうことなのね、っていうコメントをくれる。彼の言葉だけで、原稿できちゃうから、どんな試合でも。それはすごいよね、あのサッカー観、分析力」
飯尾「考えてサッカーをやってきたから、試合中も考えてるから、しゃべれるんですよね。当時、江藤さん、麻生さん、隠岐さん、僕、神奈川新聞の記者ぐらいしかいなくて、試合後、延々と話していたこともあった」
江藤「記者さんは段々、増えていきましたね」
飯尾「ガナ(我那覇和樹)と一緒に代表に選ばれるようになったり、フロンターレがリーグで上位を争うようになったりして」
江藤「それが2006年だから、10年も経ったんだなあ。ここまで息の長い選手になるとは、ちょっと想像できなかったね」
飯尾「僕ら、応援してきた部分も、あるじゃないですか。79年組だの何だの、そういう中で、雑草のような選手が」
江藤「雑草、超雑草でしょう。サポーターは皆、夢見てたからね、あの頃」
飯尾「どこまで行けるのかなっていうのは、見てても、興味深いですよね。これだけの経験をしてきて、いい監督になるとは思いますけどね」
江藤「監督としては大成するだろうけど、最後がね。選手でいる間に何とかタイトルを獲らせてあげたいな、って思いますよ」
飯尾「今年はチャンスですよね」
江藤「この本を読んだ人たちが、憲剛にタイトルを、って盛り上げてくれるといいですね」

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