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【THIS IS FOOTBALL】チームのために何ができるのか

 

試合後のブーイングも、試合中の審判に対する罵声も含め、試合中のチャントや手拍子を含め、サポーターの迫力は見事だった。

だからこそ、思う。この試合がもし、屋根付きのサッカースタジアムであれば、サポーターのつくる空気はもっと、迫力に満ちていただろう。エディオンスタジアム広島のような音が空に抜けていくスタジアムですら、これである。何度も書いたことだが、サポーターの声援はピッチの選手たちに追い風をつくる。1万5000人を超えた試合であれば、その風はさらに増幅される。これは想像ではなく実体験。ただ、その風を意識できない人もいる。戦っていないと、声援の風は感じることはできない。勝手ながら、そう思っている。

かつて森保監督は「ホームがサッカースタジアムとそうでないスタジアムとでは、勝点が相当に違う」と語ったことがある。筆者はそこに「屋根付き」という文言を加えたい。川崎Fは陸上競技場をホームとしているが、等々力の雰囲気は凄まじい。それは切り立つようなスタンドが醸し出すコンパクト性と、屋根による反響効果だ。そのスタジアムが醸し出す大声援が存在する故に、川崎Fは終盤にドラマを巻き起こす。タイトルもとる。仙台が厳しい人件費の中でもやりくりし、ずっとJ1で戦えているのも、ユアテックスタジアムで響きわたる「レッツゴー仙台」と無縁ではない。

サポーターにはチカラがある。正確に言えば、サポーターの声にチカラがある。そのチカラを得られる舞台装置こそ、スタジアムなのだ。エディオンスタジアム広島がもし屋根付きサッカースタジアムだったら、鹿島戦の結果は違ったのではないか。この試合で紫の仲間たちが発したエネルギーがもっと増幅されたとしたら。そういうことをふと、考えた。

筆者はそもそも、プレーヤー出身ではなく、サポーターとしてサッカーと向き合ってきた過去がある。声を出してB6で戦ってきたわけではないが、いいプレーには拍手を、得点には歓声を、敗戦には悔しさをスタンドで叩きつけた。冷静さなどいらないと思っていた。愛する選手に罵詈雑言を浴びせるはずもないが、監督には野次を飛ばしたことがあるように記憶している。しかし、周りの人々もそういう感じだった。声にならない声、叫びにならない叫び。それがスタンドに充満して、感情がエネルギーになって爆発する。それが声援のチカラになる。声援のチカラを信じている。

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