ヴォルティススタジアム

【コラム】チャンさんこと石井秀典、今季限りでの引退を発表。

昨日(11/1)の午後5時55分に、石井秀典が今季限りで引退することが発表された。山形でプロ生活をスタートして7年、徳島に加入して9年、合計16年というプロ生活も残り2試合となった。

察した方も多かったのではないだろうか。

妙な時刻にリリースされたのが気になって確認をしたが、背番号『5』を背負った石井へのクラブからのちょっとした粋な計らいだった。

ホーム最終節を2日後に控える中で囲み取材の場に石井も現れた。引退に関する取材が中心になっていくのは自然な流れではあるが、そこでいろんな話を聞けた。

引退を決めた本当の理由は石井本人にしかわからないが、質問に対しては「自分の中で違うなって思うことがありました。練習でできなくはないけど、頭と体のギャップが開いてきた感覚も正直にありました。あとは試合に出場してピッチで貢献できていないこともありました。毎年、目標には“フル出場”と書いていますが、それに見合うプレーをできていないことも大きかったです」(石井)と答えた。

シーズン途中から指揮を執り始めた吉田達磨監督にとっては短い期間ながら、約2カ月の間にどんな選手で、どんなキャプテンだったかを尋ねた。

「38歳になってもベテランだからここにいるとか、チャンの枠が用意されているという形ではなく、いつも鼻息荒く競争に乗っかってこようとする選手でした。その姿が彼のキャプテンシーだと思いました。競争とか勝利を目指す姿勢に対してリスペクトがある選手だし、それが発言や振る舞いにも表れています。そんな選手、そんなキャプテン。ここまで長く選手を続けてきたことは偉業だと思います」(吉田監督)。

今週の立ち上げ日には、練習後に吉田監督と石井の2人で長く話をしている姿があった。何か美談がありそうだと決め込んで囲み取材でも質問を投げかけた。

「戦術にクレームが入りました」(吉田監督)。

おっ、これは気まずい質問をしちまったぜ。

「それは達磨さんの冗談がきつい(笑)。映像を見た時に守り方で疑問に思ったことがあったので、どういう意図でそう言ったのかを確認をしただけです。なのでクレームという表現はよくないです(笑)」(石井)。

オフサイドギリギリで耐えた。

とにかく2人がわりと長い時間にわたって話をしていたことは事実だ。今季苦しみに苦しんだ残留が確定した直後でも、最後の最後まで勝利を目指してチームとして良くなろうとする監督とキャプテンの姿勢だと記事にすれば美談になりうるだろうか。

でも、それが事実だ。ホーム最終節に、残り2試合に、両者ともプロとして向き合っている。

「僕は目立つ選手ではなく、すごいドリブルができたり、すごいシュートを打てる選手でもありません。体が強いわけでも、足が速いわけでもありません。そういう中で16年やってきました。

“何かがすごいわけではないけど、こいつがいたら勝てる”。

そんな風に思ってもらえるようなプレーをピッチで表現したい。でも、個人的な感情は試合になったら関係ないので、ピッチ内でも、ピッチ外でも、関係なくいつでも全力を尽くす。それが僕のやってきたこと。最大限の準備をして、全員で勝って、笑顔でホーム最終節のセレモニーを迎えられるようにしたいです」(石井)。

石井が徳島に加入して9年。

記者も石井とは長い付き合いになったが、一昨日のように「かしわばらさんだっけ?」(石井)といまだに苗字の読み間違えイジりを仕掛けてくる。かしはらやっちゅーねん。このイジられ、つっこんでを、飽きずに5年くらいはやっている。石井の引退により、この一連が無くなる寂しさも一定ある。

そんな石井とのやり取りで記者が個人的に印象深い取材内容がある。それは「ようやく僕のキャラがサポーターにも浸透してきましたね」(石井)という言葉だった。

徳島加入直後は阿部寛のような凛々しく濃い顔立ちもあって、サポーターには真面目で堅物なイメージを持たれていたような気がする。ちなみに、1年間、一緒にプレーしたキムジョンミンに取材をした時に「みんなから“チャンさん”って呼ばれていたのでアジアのどこかの国から来た外国籍選手だと思っていました(笑)」と言っていた。えっ?文脈的にこのエピソードはいらないんじゃないかって。そうだよ、いらないよ。

とにかく、その真面目で堅物なイメージが変わり始めた時期があった。

勝利後にスタジアムを一周しながらゴール裏へ向かうとセレブレーションとして選手とサポーターが一緒になって喜び合うような場面があった。記憶が正しければJ1参入プレーオフで最後まで勝ち進んだ19年だったと思う。

同シーズンの石井はリーグ戦31試合出場1得点、J1参入プレーオフでは3試合の全試合に出場する活躍で、自身の能力も著しい成長曲線を描いた。当時、指揮を執っていたリカルドロドリゲス監督は「一昨年(17年)に初めてチャンを観た時のビルドアップはそこまで上手い選手ではなかった。でも、ベテランだけど成長している」(リカルド監督)と攻撃面でも信頼を寄せ始めて、気付けば攻撃参加も担う3バックの一角に定着したシーズンだった。その姿に魅了されたサポーターもいただろうし、選手イジりが万能でチーム内ではムードメーカーも担っているキャラクターが少しずつ外向けにも漏れ始めていたシーズンでもあった。

そして、そのキャラクターに気付いたサポーターもことある毎に『いっしーいっ!いっしーいっ!いっしーいっ!』とコールして信頼を深め合い始めた ※イジりはじめた?(笑)。「ようやく僕のキャラがサポーターにも浸透してきましたね」(石井)。そのコメントは、その一連のやりとりについて取材した時にこぼれてきた言葉だったと記憶している。

今節・藤枝戦に向けた囲み取材の場で、懐かしむようにその時のことをあらためて取材した。

「今思うと懐かしい話になっちゃいますね。でも、今年かな。やっと僕の応援してくれる歌みたいなのが若干できたんです。“いっしーいっ!”だけじゃなくなった(笑)。

チームの中にキャラクターを含めて入っていきはじめて、サポーターの方ともたくさん触れ合えた中でそういった声掛けをしてもらえるようになったなぁ・・・。

なんかちょっと・・・、もうやめましょう・・・。この話、駄目! やめます」(石井)。

いつも饒舌な石井が珍しく言葉を詰まらせた。

オンライン取材ではあったが、目頭をアツくしかけているのは当然気付いた。本来なら優しい一言を投げかけるのが人として当然の振る舞いであることはわかっているが、石井というキャラクターに対しての正しい礼儀は優しい一言よりも畳みかけることだと決めた。そして、苗字イジられハラスメントを受け続けてきた記者魂にも火がついた。チャーンス!

食い気味に“チャンさん、泣いてんすか!?”と直球を投げてやった!

「泣いてないです。泣かないって決めた」(石井)。

畳みかけるように“泣くような質問してないですけどね”と波状攻撃!!

「振り返ると良くないっすね。思い出が・・・。でも、とにかくいろんな声をかけてくれてありがたいです」(石井)。

石井相手に初めてイジり合戦で勝てた気がする。普通であれば選手にとってチャントが誕生することは光栄で嬉しいことだと思うが、記者は『いっしーいっ!いっしーいっ!』が好きだった。そんな話も石井に投げかけてみた。

「新しく加入して直ぐにチャントができる選手もいますけど、僕の場合は僕の気持ちも汲んで長い間にわたって“いっしーいっ!”を敢えて使ってくれたんだと思っています。ありがたいです、本当に。でも、そうやって記事に書いたら“いっしーいっ!”になっちゃうじゃないですか」(石井)。

それはわかりません。だってサポーターが選ぶことですから。ホーム最終節のセレモニーでチャントを歌ってくれるのか、石井コールがあるのか、どんな絵になるのか楽しみやわ~。

「そんな楽しみ方しないでください!(笑)」(石井)。

[あとがき]
チャントの話をこれだけ長く記事にしたのはもう1つ理由があった。

石井はチャントという文化を本当に愛し、徳島のサポーターに誰よりも感謝している選手だと思うからだ。この9年の間に「僕は〇〇のチャントが好きっすねぇ」(石井)と話していた日もあった。ゴール裏で歌い出しを任されて大合唱になった日の記憶も新しい。

そして、今日の囲み取材で一番印象に残っている試合を尋ねられた時にも「徳島に在籍していて申し訳ない気持ちはありますが、山形で在籍していた14年のJ1昇格プレーオフ準決勝・磐田戦(2○1)で山岸さんがゴールをした試合がやっぱり印象深いです。あんなのサッカー人生を長くやっていてもお目にかかれるものではないと思うし、あの場面で決めきって勝つなんて」(石井)と同点のままではレギュレーション上で敗退となってしまう山形が後半ATにCKから攻撃参加したGK山岸範宏の決勝弾で勝ち進んだ伝説の一戦を振り返ったのだが、その理由をさらに深く質問されると「嬉しかったのもありますけど、意味が分からないというか、何が起きたのかわからなかった。だから、徳島の応援にもありますけど“フットボールはやめられない”という所に行きつくのだと思います」(石井)と答えた。

自分が発する言葉の中に、こんなにもチャントの歌詞を自然に織り交ぜられる選手はJリーグ広しと言えど石井秀典しかいない。

reported by 柏原敏

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