■ サーバーメンテナンスのお知らせ(7/24(水)9時~15時) ■

SIGMACLUBweb

【僕が見てきたレジェンドたち】林卓人/溢れ出るハングリー・パワー③〜下田崇との関係

2003年、林卓人はたった1試合しか、試合に出られなかった。

2002年天皇杯、眼窩底骨折の重傷を負った下田崇にかわり、林はゴールマウスの前に立ち、獅子奮迅の働きを見せた。準決勝で京都に敗れはしたが、堂々たるベスト4。スケールの大きなプレーは注目を集め、年明けにはU-22日本代表にも選出され。カタール国際大会にも出場した。

世界との差は、確かに感じた。だが、それ以上に楽しかった。札幌ドームでのリーグ初出場、そこで得た緊張と発奮が、男を一段と成長させた。ドイツに4-0と快勝、エジプトとの決勝に敗れて準優勝に終わったが、林は日の丸を背負ってゴールを守る心地よさを知った。

アテネ五輪に出たい。

漠然と思っていたその思いは、この経験を発火点として激しく燃えた。

だが、代表で結果を出した林の前に、下田崇という「怪物」が立ちはだかる。

トレーニングから、林は下田をじっと見る。そして、打ちのめされる。

フィジカル能力の高さ。ポジションどり。スピード。キャッチング技術。セービングの確かさ。守備範囲。

「全てが違う。差が縮まってもいない」

下田崇は、J2のプレーヤーにもかかわらず、ジーコ監督が率いる日本代表に選出された。3月29日、その代表招集の影響もあって下田はベンチ外。ただ、下田自身は試合に出ることを熱望した。代表戦の翌日であったとしても、彼は出たかった。

なぜか。

不安だったからだ。一度でもポジションを明け渡せば、そこから立場が逆転するかもしれないからだ。

まさか、と普通なら思う。下田はバリバリの日本代表。林はまだまだ経験が足りない。レギュラーは下田で決まりだ。

しかし、下田自身は不安を隠せなかった。自分自身、前川和也が手術によって欠場したことでチャンスをつかみ、自分の地位を築いた。当時、前川と下田の実績は比較にはならないほどの差があった。なのに、事態は想像もつかない方向へと変わっていった。

そんな経験を積んでいる男は、ほんの少しのスキも見せたくない。まして、自分のすぐ後にいる林は、彼自身が認める才能の持ち主だった。

(残り 1205文字/全文: 2058文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

日本サッカーの全てがここに。【新登場】タグマ!サッカーパック

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ