青山敏弘物語〜逆境〜 第20章/ホットライン誕生
前からボールを取りにいくといっても、トレーニングもやっていないのに、そう上手くいくわけでもない。実際、徳島戦の立ち上がりは前から行こうという意識が逆にスペースを与えてしまい、攻め込まれた時間もあった。
だが、森﨑和幸にとっては、それは想定内のこと。
「ウチの選手は、アオ(青山敏弘)もそうだけど、攻撃で前に行きたい選手ばかり。なのにあの頃は、みんな後ろに下がって守備をしていたんです。チームがうまくいっていないことで、一人一人が不安を抱えていたように見えた。みんなが気持ちよくプレーできるように。そういう意味で、ああいうことを言ったんですよ」
後にカズは、「前から行こう」と言った本当の意味を語っている。そして、チームはその言葉に従った。その本質的な意味がたとえわかっていなくても、だ。その理由はただ1つ。
「カズさんが言っているから」(青山敏弘)
記者席から見た時、立ちあがりはそれほど熊本戦から大きく変わったようには見えなかった。ミスパスも目立ち、ホームのサポーターの声援を受けた徳島の勢いに圧されているようににも見えた。特に後に欧州で活躍するドウンビアの存在に苦しんでいる感じにも思えた。
きっかけは7分。カズが2度に渡ってクサビのボールを打ち、それを森﨑浩司が青山に落としたところから。1度目はカズに戻した青山だったが、2度目は「前へ」というカズの意図を感じて、裏へのパスを選択する。そこに李漢宰が走り込み、深いところでスローインをとった。8分、この試合で初めて、李漢宰がクロスを入れる。9分、ストヤノフのロングボールのセカンドを髙萩洋次郎が追いかけ、服部公太がクロスを入れる。クリアが中途半端になったところを李がPA近くでキープし、青山へ。その側に、カズがいた。ループパス。髙萩がPAすぐ側で落とす。
浩司が受ける。シュートフェイント。一瞬の間。スペースがあいた。運ぶ。シュート。
上手い。ここしかないところに、流し込む技術は本当に上手い。その直前のフェイントに、浩司の危険性を熟知していた西河翔吾がバランスを崩した。そこも浩司はきっと、狙っていた。シュートの上手さはさすが、トップクラスだ。
このシーン、広島は2度のロングボールで相手の裏を狙っている。青山とストヤノフ。2人とも長いボールの精度は特徴だ。それまでの試合では、こういうロングボールに対して、チームとして反応することが難しかったが、この場面では上手くいった。「前へ」の意識が強かったからだ。
そしてその1分後、わかりやすい形が生まれる。
青山のロングボール。李漢宰が飛びこむ。奪われた。李が追いかけ、スライディング。こぼれた。
そこにいたのは、背番号6。当時、彼が未来に「屈指のパサー」と称賛されるようになるとは、誰も思っていない。とんでもない運動量、これまでの広島にはなかった強度の高さは、誰もが認めていた。しかし、こんなパスが出せるとは。
ボールを奪った青山は次の瞬間、もう右足を振っていた。前を見たのはいつなのか、それもわからないくらいの速さ。
青山の右足から放たれたボールは、クンッと伸び、そしてグンッと落ちた。そこには背番号11が走っていた。
ボレー。そしてゴール。
佐藤寿人という稀代のストライカーが放ったシュート技術、そこに飛びこんできた戦術能力も素晴らしい。そして、そこにピタリと合わせる青山敏弘のパスセンスもまた、信じがたいレベルだった。
ホットラインと呼ばれる関係性は、この試合から始まる。実は青山が寿人のゴールを最初にアシストしたのは、2006年8月30日の対磐田戦。その後、9月30日の対川崎F戦でもアシストを記録しているが、正直、記憶にない。当時、佐藤寿人との「ホットライン」といえば駒野友一と相場が決まっていた。その駒野が2008年にはいない。果たして誰がストライカーの能力を引き出すのか、不安ではあった。
だがストライカーはパッサーの能力を知る。ストライカーにとっての生命線は、いかにいいパスを引き出すかに尽きるからだ。寿人は仙台でシルビーニョというパッサーに出会って得点を重ね、広島では駒野や服部公太のクロスからゴールを量産した。そしてストライカーは、若きMFの才能に目を付ける。
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