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森崎和幸物語/第16章「初優勝と感謝の涙」

 森崎和幸のプレーは、わかりづらい。李忠成や西川周作といったプロフェッショナルですら、「一緒にプレーするまで、カズさんのすごさはわからなかった」と言う。まして、プロの世界を体験していないジャーナリストやサポーターがその本質を理解するのは本当に難しい。

たとえば2012年、佐藤寿人の2ゴールや高萩洋次郎の超絶技巧による1得点・1アシストが注目されたアウエイでの柏戦。この激戦における本当のヒーローを1人あげるとすれば、どう考えてもカズだ。22、ゲームはホームチームの柏が押しこんでいた。その時のプレーを筆者はサンフレッチェ広島公式モバイルサイトで、こう表現している。

 83分、ミキッチのカウンターなどで少し押し返した時。だが、こういう時こそ、カウンターが怖い。スローインのボールを奪い、田中に縦パスが出る。

 やばい。案の定だ。

 レアンドロの前にスペースが広がる。田中がこのまま持ち込むのか。レアンドロへのパスか。対応するのはカズだ。彼はまず田中のドリブルコースを切り、レアンドロへの横パスを呼びこんだ。そして、そこから猛然とダッシュ。完璧なタックルで10番からボールを奪い取ったのだ。さらに1分後、ミキッチのパスが相手に当たり、レアンドロの前に。正対しているのはカズだ。両チームの中盤に君臨するキング対キング。勝負か。だがカズは、ここでは無理をしない。レアンドロの縦のコースだけを切り、あえて動かない。裏をつく。森脇がクリア。セカンドボールだ。そこに猛然と寄せる黄色の10番と白の8番。球際。カズにこぼれた。田中が寄せる。フェイント。かわす。キープだ。すごい。

 

どちらの場面でも、柏に決勝点が転りこんで全く不思議ではない。相手は前年度のMVPであり、当時のJリーグでは別格の実力をもつレアンドロ・ドミンゲスだ。だが、カズは全くおちつき払って正しい選択を続け、ピンチを芽の段階で潰したのである。そしてミキッチのクロスから高萩のゴールがきまったのは、その直後だった。

さらに、90分。カズは圧巻のキープ力で酒井宏樹の巨漢を活かしたプレスをかわし、安英学のアタックもダブルタッチで受け流して、高萩に絶妙のタテパスを通した。それが石原直樹の勝負を決める4点目につながった。

2点リードをあっと言う問に追いつかれ、黄色いサボーターの圧力がピッチを支配する中で、それでも守りに落ち着きをもたらし、相手の勢いを消したのは、広島の「誇り」と呼ばれた男だった。

前節、広島は新潟に1チャンスを決められて、散った。この次の試合も横浜FMに完敗。つまり、この柏戦をモノにしていなかったら、広島は3連敗となり、優勝とは別の道を歩くことになった可能性も十分に存在した。J1は世界有数の「紙一重リーグ」。もし柏戦にレアンドロ・ドミンゲスを止められる男がいなかったら。背筋が凍る。

パス本数でもパス成功率でもリーグトップを誇り、インターセプトではリーグ2位。ここぞという場面で相手のボールを奪いきる迫力。チームのリズムを変える必要を感じれば、バックパス・横パスを繰り返す「勇気」を持つ。ゴールを量産するわけではない。決定的なパスを出すわけでもない。だが、カズが後ろにいるだけで、青山敏弘は躍動し、高萩洋次郎はアイディアを繰り出せた。試合全体の舵取りはカズに任せ、自分は自分の強みを出すことだけで、よかった。それは誰が言うからでもなく、広島の自然な流れとなっていた。だからこそ、2012年の広島は強かった。個人と組織のバランスが見事に量られ、チーム全体から安定度が滲み出ていた。

10月下旬、仙台や浦和との熾烈な優勝争いの中、志乃夫人はカズにこんな言葉を贈っていた。

「大丈夫。きっと優勝できる。しかもホームでね」

似たような言葉は、久保允誉会長からも聞いた。9月22日、対名古屋戦で森脇良太の劇的なアディショナルタイム・ゴールで勝利した後に、会長は「ホームのC大阪戦できっと、優勝するよ」と語ってくれた。その予感は、現実と化す。

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