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10番・久保竜彦の物語「君は久保を見たか」Part.2

初めてのインタビュー

 

 

久保竜彦に初めてインタビューしたのは、1996年夏のこと。Jリーグデビューを果たし、ナビスコカップではゴールも重ねた。全く無名だった19歳の選手に、少しずつ脚光が当てられそうになっていた頃だ。

当時、僕はアスリートマガジン(現広島アスリートマガジン)という広島のローカルスポーツ誌でサンフレッチェの取材を担当していた。「久保のインタピューがやりたい」と企画したのは、それほど大きな意図があったわけではない。「期待の若手をとりあげたい」という編集意図がまずあって、「ナビスコカップで活躍したから、久保がいいんじゃないか」という単純な思いがあっただけにすぎない。

だが、およそ40分のインタビューが終わった後、僕はすっかり彼のとりこになった。こんな男が、この現代にまだ、いたのか。そう思うと、無性に嬉しくなったのだ。

その時のやりとりを、ここに再現してみたい。

 

……サッカーを始めた理由は?
久保●手を怪我したけん、サッカーができんようになったとです。
……もともと、野球をやっていたんですね。
久保●はい。でも、小2の頃に小指を怪我して、短くなってしまったとです。その時、指がとれそうになったとですけど。
……え?
久保●あわててくっつけたんですけど、この怪我のために1年くらい、グローブがつけられんごとなった。やけん、その間にサッカーでもやろうと思って。サッカーやったら手を使わんけん。
……そこから、ずっとサッカーだったんだ。
久保●はい。お父さんが西鉄ライオンズのファンやったですもんね。だから野球をやっとったんですけど。
……ピッチャーをやってたの?
久保●いや、俺は小学校の頃は背も低かったけん、ショートでした。
……野球を続けたかったんだ。
久保●別になんでもよかったんですよ。勉強が嫌いやったけん。
……サッカーでは最初、どこのポジションを?
久保●左ウイングですかね。
……足が速かったんだ。
久保●どうやろ。左利きやったからじゃなかですかね。
……その頃、憧れていた選手は?
久保●いやあ……、マラドーナくらいしか、知らんかったけん。
……サッカーは楽しヵった?
久保●はい。バスに乗るのが。
……はい?
久保●遠征の時、バスに乗って試合に行くでしょ。あれが旅行みたいで、楽しかった。
……練習は厳しかった?
久保●中学までは、全然。サッカー部の先生が美術の先生でしたもんね。遊び半分でした。ただ、サッカーはやりたかって。高校進学の時、「筑陽学園の吉浦先生のところに行け」って担任の先生に言われて、それで決めました。
……中学時代、自分のサッカーの能力に自信はあった?
久保●うん……?
……よく覚えていない?
久保●(うなづく)

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