「川崎フットボールアディクト」

【無料公開】向島建スカウト「サポーターを大事にして愛されるとか、地元を大事にするとか、そういうところに入ってこれる選手」1/3【インタビュー】

フロンターレのスカウト担当といえば向島建さんということになるが、その向島さんに選手獲得の秘訣や、フロンターレが求める選手像といったことについて、お話を聞かせてもらった。全3回。

■組織変更
――今季は、強化部の体制が一部変更になったようですね。
「スカウトについては今年から私が一人に戻りました。強化部がテクニカルグループとチームマネージメントグループに分かれ、より仕事を明確にします。スカウトはテクニカルグループで今までどおり編成の主要部分のところになります。
タサ(田坂祐介)は3年スカウトをやりましたが、今後もっと色々と経験をしてほしいということでマネージメントグループになりました。僕もヒロキ(伊藤宏樹テクニカルダイレクター)も他の部署をいくつか経験して今があります。一つのことしか知らないっていうのではなく、ある程度、運営やったり営業もやったりクラブがどのようにして成り立っているのか、いろんな部署を回ったことが後に生きてきます」

――経験値を高めたいと。
「そうですね、人数も多くなりましたし、全体をまとめるのは竹内(弘明GM)で、テクニカルダイレクターにヒロキがいて、マネージメントダイレクターに清水(泰博)が新たにつきました。役割の明確化が主眼です。
タサが加入に関わった選手も居ますし、若手の教育などもあります、そうした現場のところは清水と連携しながらタサも関わってやってます。選手からするとタサも近いですし、何かあれば相談できる存在ではあるので。ただ、距離は考えないと編成で満了というような判断をする部署でもあるので」

――いずれにしても、今年からまたお一人でと。
「そうですね、慣れたものです(笑)」

■スカウトの意味
――そういう中で強化の中のスカウトって結構大事な位置づけなのかなと思うんですが、改めてフロンターレの強化部の中のスカウトはどういう存在なのでしょうか。
「これまで僕が20年スカウトをやってきましたが、フロンターレらしい選手をいかにして取れるのかということでしょうか。獲得してきたそうした選手が少しずつチームの中心になっていくみたいな。そういう流れがある程度出てきているように思います」

――今で言うと、例えば小林悠選手が中心にいるみたいなそういう発想でしょうか。
「新卒の一番上は悠になりますね。その下のリョウタ(大島僚太)やシンタロウ(車屋紳太郎)といった選手たちがチームを引っ張ってきた。そういう流れが、チームのカラーとして軸になってきましたよね。この流れが消えてしまうと、良い悪いは別にして新たなチームづくりをしていかないといけません。選手を育てる、人を大事にするというフロンターレの良さからはかけ離れることになります」

――つまり、フロンターレに合うだろうなという選手を選んできて、フロンターレイズムじゃないですけど、そういうものが、例えばファンサービスもやるみたいな。地域貢献活動にも汗が流せる選手が中心になるというような話ですかね。
「そうですね、僕がフロンターレに入ったのは97年で創設当時は本当にフロンターレを知らなかった方が多かった、お客さんも2〜3000人しか入らないような。そういう時代からこのクラブを見てきて長い時間はかかりましたが、サポーターが増え、大きいクラブになってきた。
そんな今のフロンターレを見たときに、どんな選手を持ってきたらいいんだろうな、意味があるんだろうなということは、途中から入った人だとたぶんあまり分からないし感じられない。江藤さんは長いから分かると思いますが、そこは自分のこういう選手がフロンターレに合ってるということを自信を持って言えるので。ただ、その一方で競争の世界なのでそういう選手がみんな活躍できるかというと、そういうわけでもない。ただ、フロンターレに合った選手。サポーターを大事にして愛されるとか、地元を大事にするとか、そういうところに入ってこれる選手というのは基準としてあります」

――サッカーがうまいだけじゃだめだというところに難しさがありそうですね。
「ありますが自分が見ている中で、伸びてる選手って技術だけじゃなくて、やっぱり人間的にもしっかり考えられる選手なんですよね。今までも天才だって言われていた選手がプロに入って伸び悩んだりしてます。自分自身に矢印を向けられる選手、人の話を聞ける選手が一流になれるしチームを助けられる選手になることが多いですね」

――おっしゃるとおり、取材していて成長している選手って人物的にきちんとしていることが多い気がします。
「やはり、チームの和を乱すとか、俺が俺が的な人は少ないですよね。自分でも選手をやってきて、30人くらいのチームを経験して来た部分でいうと、特に控えやベンチ外選手はすごく大事なんですよね。控え選手が文句を言ったり、自分勝手だったり、和を乱してたりしていたら絶対に勝てない。それには理由もあるかも知れませんが強くならない。ベンチ外の選手のモチベーションをいかに保たせ競争があるか、コーチングスタッフにとっても大事な仕事です。それは経験的にわかります」

――影響力がある選手でそういう選手いますね。
「だから、庄子(春男・現仙台GM)さんも同じような考えでしたし、今ではタケ(竹内GM)とかヒロキにも自分のそういう考えを尊重してもらっています。うちの場合、そういう空気出す選手はやっぱ浮いてきちゃうんですよね」

■獲得に至るまで
――スカウトする選手との接し方はどうなんでしょうか?
「自分はどんな手を使ってでもこの選手を取りたいっていう感じではないです。勿論いい選手で獲得したいのですが、選手側の『フロンターレでやりたい。こういうサッカーをやりたい』という思いがあって、『うちも欲しい』という思いが一致して最終的に選手自身で決めてもらいます。例えば、どこのチームとどこのチームと、フロンターレとで迷ってますっていう選手がいたら、強引にこちらを向かせることはせず待ちます。フロンターレのサッカーって特殊ですし。『本当にうちでやりたかったら来てよ』っていうスタンスです。それで選んでもらえるくらいのチームにならないとですしね。だからここ最近でもずっとそうですよ。レンジ(松井蓮之)もアサヒ(佐々木旭)もそうですし、その前だと、レオ(旗手怜央)もうちでやりたい、上手くなりたいと。獲得までにはいろいろありますが、僕が苦労したとかではなく本人たちが決断して来てくれてます。」

――守田英正選手もハイレベルな選手でしたが、どうだったんでしょうか?
「守田に関しては、ガンバ大阪への思いもあったようです。だからガンバとうちの争奪戦になりました。一番最初にうちが行ってその後にガンバが来て。他はどこも手を挙げられなくなってました。その時のガンバは井手口(陽介)の代わりにボランチで考えていると。また守田本人もボランチをやりたかった。しかも高槻出身でガンバを見て育ってきている。それでかなり不利だなって思ってました」

――ただ、最終的にフロンターレに来てくれましたね。
「うちとしてはボランチをやってほしいんだけど、今すぐボランチはできないよとはっきり言いました。うちではエドゥアルド・ネットと大島(僚太)が鉄板でしたから。だからうちに来てもすぐにボランチでは出られないと。でも守田の良さとしてユーティリティー性があって、センターバックもできるし右サイドバックもできる。その時のフロンターレは右サイドバックが薄いからまずは右サイドバックをやって、その中でボランチに入っていくという、そういう話をしました」

――たしかにあのボランチコンビを新卒で超えるのは難しい。
「守田に関しては、練習に参加してもらってレベルの高さを実体験してもらい、雰囲気も感じてもらえればそこで気づくかなと思っていました。だから、そこには自信がありました。不利だとは感じてましたが、可能性的にはないこともないなと。 10%以上はあるかなと思ってました」

――10%の可能性は低いと思いますが、練習に参加してもらえれば来てくれるのではないかと。
「チームの雰囲気もいいし、このレベルのトレーニングに入って他と比べた時に感じるものはあるだろうなと思っていました」

――守田選手は向上心の塊のような選手ですし、フロンターレのレベルの高さと合ってたんでしょうね。
「すごく上を目指してましたね。流経大は流経柏からの選手が多く進学することもあり、大阪の高校からの進学は簡単ではありません。それでも流経大に進学してポジションを掴んでいるだけに、厳しい環境のうちに来てくれる可能性はあるだろうなと思ってました」

――直近でスカウトした選手で言うと、旗手選手もすごいのでは?
「そうですね。レオは本来なら高校の時にプロに入るような選手でしたからね。ただ、レオが高校生の時、うちはユースの三笘薫、岸晃司の二人が居たのでレオにオファーは出せませんでした。あの頃は同じレベルで小川航基も居て、逆に獲得の打診は受けたんですが、うちにはユースの二人が居て彼らが最優先でしたから。待ってもらわないといけない。もちろん待ったとしてもどうなるかわからないということで、、、」

――選手の人生を考えたら待たせるのもかわいそうですね。
「高体連の選手に関してはアカデミー選手を昇格させるかが最優先に考えるため仕方ないですね。いい選手は毎年出てきますが、その中でポジションとか年代とかを考えてチーム編成をするため、三笘や旗手のように3年で獲得することが決まってたりすると、あえてその年の選手はスルーすることもあります。それで獲得したくても出来ない選手もいました。そういう選手が後に大成したことも少なくないですし、タイミングは難しいところです」

2/3に続く

(取材・構成・写真/江藤高志)

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