寺田周平、石崎信弘両監督とサポーターと福島ユナイテッドFCの会津若松開催【えとーセトラ】
■寺田周平監督
福島ユナイテッドFCの関塚隆テクニカルダイレクターは、寺田周平さんの監督就任について「来てくれたからね。それはありがたかったよ」と口にする。そんな関塚TDの語り口から垣間見えたのが、寺田さんの監督就任への覚悟だった。
寺田さんの監督就任のニュースを聞いた当時、個人的に思ったのは、それなりの条件なのだろうということ。フロンターレでのコーチの立場はそれはそれで刺激的なはずで、また若い選手を鍛えることもできており、手応えもあったはず。そうした立場を捨て、J3の福島に単身乗り込むのだからある程度の身分は保証されているのだろうと考えていた。ところが、どうやらそうでもないらしい、というのが関塚TDとの会話から伝わってきた空気感だった。そんな空気感を感じつつ、ふと思い出したのが寺田さんに、フロンターレでのコーチ時代に聞いた言葉だった。
フロンターレでのスタッフ契約について、毎年勝負していたということ。そうした立場について、不安定に思うことはないのかと聞いた時、寺田さんはそれを楽しんでいるというような言葉を口にしていた。
契約が満了する怖さよりも、契約してもらった場所で全力を尽くすことに気持ちを傾ける。それを自然とやっていた寺田さんは、やはり強いということだろう。
■肩透かし
ということで、福島での寺田監督の采配を直接見てみたくて、現地取材を画策していたが、フロンターレの日程が空いた6月9日が福島のホームゲームだということで現地に行くことにした。対戦相手は八戸で監督は石崎信弘さんだった。これはもうめぐり合わせというしかない。年に一回の会津若松開催だとのことで、調べるとバスタ新宿から会津若松駅前まで高速バスが運行されており、無理なく乗り継げる時間にあいづ陸上競技場に行く路線バスもある。ということで現地に後泊する日程で会津若松に行くことにした。
福島には育成型期限付き移籍した大関友翔、松長根悠仁の両選手もプレーしているということで、それも含めて現地取材には意味があると考えていたが、大関はU-19日本代表に招集され、ベンチスタートの松長根に出番は与えられなかった。
長くやっているとそういうこともある。
そんな試合は、試合前の両監督のあいさつを撮影しようとカメラマンとしてピッチでスタンバイ。両チームの選手が入場し整列後、寺田周平監督が八戸のベンチへと歩いていく。ということで寺田監督を追いかけたが、石崎監督との握手は実にあっさりと終わりその瞬間の撮影に失敗。その一方で、石崎監督は相澤貴志GKコーチとしばらく談笑していた。試合後に石崎監督に聞いたところ、寺田監督とはこれまでにも何度も会っているが相澤コーチとは20年ぶりくらいの再会だったからだという。それは懐かしがるのも当然である。
ちなみに寺田監督にとって、今回の監督就任がチャレンジであるのと同様に相澤コーチもトップチームのGKコーチは初就任だとのことで、彼にとってもチャレンジなのだという。陰ながら応援していきたいと思う。
■福島勝利
そんな試合は福島が前半29分に先制。針谷岳晃からのサイドチェンジで右サイドに展開し、塩浜遼からのクロスを澤上竜二が頭で合わせたゴールだった。中央突破の多かった福島が、大きな展開で奪った1点のリードを保ち、前半を折り返す。
後半に入ると八戸が攻勢を強めるが、これに対し福島はある程度割り切って守備に専念。4-3-3のシステムを、サイドのケアを意図した4-4-2に変更し逃げ切りを図る。そんな79分。福島はスローインで再開したボールをCKにつなげると、これを蹴った宮崎智彦のボールを城定幹大がすらし、最後は塩浜がねじ込んで福島が2点目を手にした。後半80分の追加点だった。
八戸は62分から交代出場の前福島の雪江悠人が2本の決定機を迎えるなどチャンスはあったが、最後のところで決めきれず。結果、2−0で福島が勝利を手にした。福島は前節の敗戦を払拭する勝利で勝ち点を上積みし、暫定ながらプレーオフ圏内の6位へと順位を上げている。
ちなみに城定幹大の父は浦和でのプレーが印象深い城定信次だ。
■引き出しを増やしつつある福島
監督会見後、寺田監督に少し話を聞けたが、とにかく指導の現場に立てる今が楽しいと笑顔を見せていた。自分が思ったことが出来るのだと話す寺田監督だが、結果が出ない時期も過ごしている。第5節の長野戦を落として以降、7試合連続で勝ち星から見放されてしまった。ただし、寺田監督はここでブレずに指導を続け、第11節の岩手戦に9−0で勝利し、8試合ぶりの勝ち星を手にして態勢の立て直しに成功。勝ち点を積み重ねつつある。ちなみに未勝利7試合目の大宮戦の試合会場に仙台の庄子春男GMが訪れていたとのことだが、この試合を境に未勝利記録が止まったのは示唆深い。
フロンターレにて攻撃的なサッカーを模索し続け、風間八宏元監督の招聘に成功し、鬼木達監督指揮下の黄金期につなげた庄子元フロンターレGMの粘り強さご存知の通り。その庄子GMからのアドバイスは、やり続けることの大事さだったのではないかと推測する。
ちなみに福島はこの八戸戦も局面で安易なロングパスには頼らず。細かいパスワークでプレスを外そうとするスタンスを垣間見せていた。そうしたベースとなる哲学の中に、大きな展開やセットプレーからの決定力といった飛び道具が加わりつつあるのはいい傾向であろう。
J3の自動昇格枠は2つ。1枠が大宮で固められつつある現状を考えると、残された1枠を巡る争いは熾烈を極める。まずはプレーオフ圏内の6位以内が現実的な目標だが、もし仮に福島がプレーオフに進出するとして、それまでの間に増やすことのできる手数は増やすに越したことはない。その中に大関、松長根がどう関わっていくのか。彼らの成長と共に今後が楽しみなところだ。
■サポーターにとっての会津若松開催
試合後、選手への取材を終えてスタジアムを後に。
駅前への路線バスのバス停は、スタジアム正面からは不安なくらいに移動した先にあった。福島のサポーターのみなさんと待ったバスはほぼ定刻通りにバス停へ。ちなみに会津若松の路線バスは電子マネーが使えず現金払いのみなので、もし現地を訪れることがある方は気をつけてほしい。
神明通りという会津若松のメインストリートにほど近いホテルにチェックインし、まだ日が残っている時間帯の街並みを見て回ることにした。さすがに城下町であるだけのことはあり、一部古い建物が残る風情のある街並みだった。
そんな街並みを歩いていると、福島のサポーターがポスターを剥がすところに遭遇。
剥がしていたのは、神明通りの柱に貼られていた会津若松開催の試合告知ポスターだった。聞けば、ポスターは試合開催当日までの掲示ということで許可をもらっており、試合が終わったその日のうちに剥がしてしまうのだという。商店街のアーケードを支える柱から1枚1枚ポスターを剥がし、最後に糊を残さないよう丁寧に柱を乾拭きしていた。
そんな彼らについ声を掛けてしまったが、快く応じてくれた一人が男性サポーターの渡辺さんだった。渡辺さんはサポーター歴11年目の現役大学生で、会津若松出身だということもあり、年に一回の会津若松開催は彼にとって「特別なイベント」なのだという。
「2013年に(あいづ陸上競技場の)こけら落としの試合を見たのが初めてで、それから福島を応援しています」
福島を応援するきっかけになった地元での試合なのだから「特別なイベント」と言うのも納得。その渡辺さんは関塚TD、寺田監督の就任直後、不安な心境にもなったと話す。ただ、ここまで実際に見せてくれてきた試合内容に安心している部分もあると話していた。過去の記憶を上書きする寺田監督のチーム作りはまだ始まったばかりだ。
その渡辺さんとともにポスターを剥がしていた女性サポーターが赤羽さん。
赤羽さんは、福島ユナイテッドの会津若松開催について「プロスポーツを身近に見てもらえるチャンス」だと話す。地方都市の会津若松にとってプロスポーツと接する事ができる機会はそう多くはない。だからこそ「子どもたちにこそ、プロスポーツを見てもらえるチャンスで、楽しんでもらいたいです」と話していた。
そういう意味でこの八戸戦は、会津若松開催では過去最多の2,004人の観客を集めている。その観客の一人としてスタジアムを訪れていた子どもたちに、この試合が少しでも前向きな感情を残せていることを期待したい。
最後に少し角度が違うが、試合前日に前夜祭ライブを開催できたと話すのは佐藤亮(まこと)さん。
「会津若松開催はこれからも続けてほしいですね」と話す佐藤さんは、ゲストを呼んでのライブが念願だったと言う。これまでコロナや曜日が合わず開催できなかったということで、試合結果とともに喜んでいた。
そんな佐藤さんは会津若松在住の古参サポーターだとのことで会津若松の良さを話してもらったが「1日あれば回れますし、見どころも多いですし、いい街だと思いますよ」と話す。できれば1泊2日がベストだとのことで、地元の名物料理、辛味噌で食べる馬刺しを楽しんでほしいとのことだった。
そんな福島サポーターのみなさんは、130枚ほどのポスターを手際よく。そして一部、選手のサインが入ったものは破らないよう丁寧に、あっという間に剥がし終えた。作業中にも関わらず快く取材に応じてくれたサポーターの皆さんに謝意を伝えつつ、その場を後にした。
試合を通してアピールができる選手、監督はまだしも、ポスターの掲出は、サポーターの草の根活動の最たるもの。そうした活動は、押し付けないように。でも知ってほしいという地道な行動で、それらの源泉にあるのは地域のことを思う気持ち。そんな彼らの活動が、どういう形であるにせよ結実する日が来ることを願いたいと思う。フロンターレにも縁があるチームなだけに注目し続けたいと思う。
(取材・文・写真/江藤高志)