「指をくわえて見てるだけじゃいい選手は来ないというのでスカウトを置こうと」山岸繁・育成部長 1/3【インタビュー】
近年のトップチームの活躍に合わせるかのようにアカデミーが結果を出しつつある。代表では、2022年に行われたカタールW杯での三笘薫、田中碧、板倉滉といった選手たちの活躍が記憶に新しい。またアカデミーも結果を出しており、五十嵐太陽が高校3年生として臨んだ2021年シーズンに参入戦を経てプレミアリーグに昇格。高校年代最高峰の初舞台を踏んだ2022年シーズンのプレミアEASTで優勝。高井幸大、大関友翔、松長根悠仁を主軸としたU-18は鳥栖U-18とのプレミアリーグ2022ファイナルに臨んでいる。
またトップ昇格3選手が卒業した2023年シーズンのU-18ではあったが、大幅な戦力ダウンとはならずプレミアEASTを3位で終える健闘を見せている。彼らアカデミーの選手たちを施設面で支えるAnker フロンタウン生田が2023年に開業。手厚いサポートが可能になるのと同時に、付随して中学生年代のU-15のチームを等々力に新設しU-15は2チーム体制となった。また女子中学生チームも作るなど受け皿を拡大している。
そうしたアカデミーの近年の拡充や成果について、山岸繁・育成部長にお話を聞いた。
◯山岸繁・育成部長
■アカデミーの現在位置
――ここ最近のアカデミーの出身の選手の活躍や、アカデミーそのものの活躍を見るにつけ素晴らしい成果だと思っていますが、改めてカタールワールドカップも含めた卒業生の活躍をどう捉えられているのか、まず教えてください。
「三笘(薫)にしろ田中碧にしろ板倉(滉)にしろ活躍してくれて、今いるアカデミーの選手たちの非常に励みになる結果ですし、成績も残していて。みんな今ヨーロッパでやってますけど、そこを目標にやってる選手も多いでしょうし、いずれ代表に入りたいって思っている選手も多くいると思います。非常に励みになるような結果だったと思います」
――同じ環境で活動していた選手たちの活躍は、すごくいいモデルケースになってくれていると思いますが、指導者側にも変化はあるんでしょうか?
「特に今までと変わっているわけではありません。基本的にはやっぱりトップと同じようなサッカー、繋いでっていうところは目指しています。ただ、勝負にこだわらなきゃいけない時って当然あるんですけど。それを第一優先に考えることはしていません。そのあたり、高体連のチームは選手権に出なきゃいけないといった身近な目標はあるように思いますが、我々はトップでプレーできるような選手を育てるという目的があるので。少し時間軸は長めかもしれません。そこはブレちゃいけないなとは思ってます」
――そうしたクラブの哲学はアカデミーのどのカテゴリーにも浸透しているんですか?
「そうですね。今、U-18がいい結果を出したりしていますが、これはU-18のコーチだけが優秀だったわけじゃなくて、U-12、U-15のコーチが同じようなサッカーで積み上げてきたものがあるので。それが結果としてU-18でちょっと花咲いたっていうように今は捉えています」
――その文脈で聞きたいなと思ったことだったんですけど、板倉、三笘、田中の3選手の頃の育成と、たとえば松長根悠仁、高井幸大、大関友翔が育った今の環境とは違うように感じています。組織だった育成システムが機能し始めているように感じているのですが、どうでしょうか?
「板倉たちがU-10で入ってきた頃、僕はトップに居て毎日見てたわけじゃないので詳しくはありませんが、少なくとも今現在は、U-12、U-15、U-18と3つのカテゴリーがあって、それぞれの年代で指導の方針を変えています。
たとえばU-12は結果よりもまずは個に比重を置いて指導をしなきゃいけない。例えば、ドリブルが得意な選手だったら、そこをもっと伸ばす、という風な。だから僕らがコーチの評価をする場合、チームとしての結果よりも、個が伸びていく部分に評価の重点を置いています。
これがU-15になると半々ぐらいになってきて、U-18だと結果がトップチームに繋がっていくので、結果も大事だよとのスタンスでコーチたちを評価しています」
■スカウトを新設
――つまり、育成に対する評価のノウハウもどんどん積み重なってきてるってことなんでしょうか。
「そうですね。今、色々プロジェクトを作ったり、僕が来てU-15をもう1チーム作らなきゃいけないってことで、U-15等々力を立ち上げたわけですけど、一番の変化はスカウトを置いたことでしょうか。
アカデミーには2016年に来たんですけど、1年間見て川崎市内にもFC東京や横浜F・マリノスに行くような選手もいました。つまり川崎の優秀な選手が全部うちに来てるわけじゃなかった。
つまり、指をくわえて見てるだけじゃいい選手は来ないというのでスカウトを置こうと。ただし神奈川は横浜F・マリノスや横浜FC、湘南ベルマーレさんもおられてかなり厳しい状況があり、人口の多い東京に出て行こうと考えました。FC東京さんとうちのやろうとしてるサッカーがちょっと違っているんですよね。FC東京さんはやっぱりフィジカルや速い選手を軸に選考しておられて。うちは上手い選手じゃないとちょっと難しいと。大きくて速くてうまい選手であればもちろん何も言うことはありませんが、すべてが揃った選手はそう居ないので、我々は軸足を上手さに置きました。そうすると、FC東京さんの基準には合わなくても我々の基準に合致する選手が出てくるわけです。
東京都って大田区、世田谷区からであれば通えない距離ではないので。もちろん東京都と川崎市の選手が総合的に見て同じぐらいの技量であれば川崎市の子を選びますが、まだ僕が来たばかりの時にはFC東京さんやマリノスさんの背中も見えなかったぐらいでしたから。そこはやっぱり早く追いつかないと、という意味でスカウトを置きました」
――スタイルで棲み分けができているんですね。
「とはいえ被る時って当然あるんです。いい選手は誰が見てもいい選手なので。マリノスさんとFC東京さんとうちとで被る選手が出てくるんですけど、来たばかりの2016年ごろは10人被ったとしたら、10人ともFC東京さんやマリノスさんに行っていました。ところがそこからトップが強くなって結果を出し始めたんですね。テレビでも紹介されて優勝争いや、実際に優勝した場面が報じられるようになって。その中で、トップのサッカースタイルが広まって育成でもトップと同じようなサッカーをやるということで選手が来てくれるようになりました」
――U-18ではすでに追い越しているような感覚もありますが、アカデミー全体で見ればまだ追いつけてないようなイメージですか?
「その時によって、トップと違って毎年上がっていったり、卒業してたりするんで。いい時もあれば悪い時もあるんですけど、今は追いついて肩並べられるぐらいになってきたかなっていう気はしますね」
――そう考えると数年がかりの事業になるんですね。2016年から考えると今年が8年目ですか。
「その頃からスカウトで取ってきた選手が、ようやくU-18でっていう風な感じになってきました」
――最初のスカウトは現U-12監督の大田和(直哉)さんだと聞きましたが、ちなみにどの選手ですか?
「今で言ったら大関友翔がそうです。大関はU-18からなんですが、FC多摩にいい選手がいると聞いて練習参加してもらって。 それ以前もセレクションなどでU-18(高校1年生)のタイミングで外から来てもらうこともあったんですが、U-18の3年間じゃ技術的に追いつかないことも少なくないんです。それで、街クラブの中3の選手をU-18にっていうのは基本やめようってことにしてたんですけど、大田和コーチがいい選手が居ましたと。あんまり期待してなかったんですが、そういうならと練習参加してもらったら上手かった。それで大関の加入が決まりました。そういう意味で大田和コーチの功績は大きいです」
――見抜く力があるんですね。
「あとは街クラブの代表の方だったり、監督さんだったりといい関係を作らないといけない。それにはやっぱり何年かかかることもあるんですよね。ただ、大関や脇坂(泰斗)は稀だと思います。もっと他にもU-18から入った選手は居ましたが、簡単じゃない。大学には行けたりもしますが、トップに上がれるぐらいまで行けるかというと、そうそうはいないので。やっぱりU-12、U-15から育ってきてないと難しいなって、いうふうには思っています」
――ところで大田和さんはどういう経緯でスカウトに?
「大田和はうちの前は、中国で仕事をしていました。アカデミーのコーチをさせてもらえないかとのことでまずは会ってみようと。もちろん指導を見たことがないままいきなりコーチに、というわけにいかない。ただし今スカウトを探していて、まずはスカウトでどうかと。コーチについては約束はできないが、希望として聞いておくよと伝えて入ってもらいました」
――なるほど、まずはスカウトからだと
「スカウトで入ってもらった時にエリートクラスも受け持ってもらっていてその指導が上手いんですよね。子どもたちとの接し方を見ていると、小学生の扱い方がうまいんです。それで去年(2022年)、生田もできるし、じゃあ大田和をコーチで持ってこようかとなりました」
――大田和さん、広州でアカデミーをやってましたもんね。その経験が大きいんですかね。
「それもあるかもしれませんが、評価したのは人間性です」
――なるほど、それはわかる気がします。あとは黒津勝さんや狩野健太さんがコーチで入ってたり。OB選手が現場に入ってきてますが、コーチングスタッフのOB選手の起用の方針は今後も続けていかれる感じなんでしょうか?
「はい。僕がやっている限りは(笑)。新しく採用するのであれば、フロンターレに関わったOB選手の方がいいと思っています。うちの事情もよく知ってるだろうし、愛着もあると思いますし」
続く
(取材・構成・写真/江藤高志)