「川崎フットボールアディクト」

【#オフログ】ファイフロを卒業する木部ショータさん、川崎純情小町☆のみなさんに聞く

12月9日の優勝パレードの会場で、ファイフロを卒業する木部ショータさん、川崎純情小町☆のみなさんに話を聞けたので掲載します。

みなさん、お疲れさまでした。


○木部ショータさん
――長年、お疲れさまでした。
「ありがとうございます。ぼくは2005年からなので、14年ですかね。長くやらせていただいて。J1復帰初年度で、ちょうどファイフロが月イチの放送から週イチの放送に変わった年だったんですね。その時からやらせていただいて、これだけ長くやらせていただけるチームはおそらく他に無いと思うので、ぼくとしてはすごくありがたかったですね」

――14年の間での思い出は?
「本当に色々とあるんですが、2007年のACLのアウェイの韓国試合にぼくは華族のみなさんに同行させて行かせていただいたんですが、ソウルからマイクロバスに乗って往復13時間くらい(笑)。あれが大変だったけどすごく楽しくて。で、勝った後にサムギョプサルとか食べて、すごくいい思い出でした。あとはぼく自身、今回というかファイフロが初めてナレーションでのレギュラーだったので、だからそういう意味ではすごく自分自身のプレーヤーとしての勉強をたくさんさせてもらいました。とくにヤンフロフラッシュというコーナーに関しては一言ずつ、コレを言ってという事が書いてあるだけで、あとはお任せみたいな、アドリブみたいな状態で。そういったところも含めて自由にやらせていただけた。だからぼくとしても楽しい仕事だったなと。毎週金曜日に収録に行くのが本当に楽しみでした。
ぼくは本当に今後、おそらくなんですが、フロンターレにもまだまだ関わっていきたいと思ってますし、今ぼくはスポーツイベントのMCとかを中心にやらせてもらっているので。だからフロンパークのイベントだとかということも含めてやらせていただければまたみなさんともお会いできて、関われればなと思っています」

――最後に二連覇を伝えられたということについてはどうですか?
「去年はマラソンイベントの方があって優勝を見届けることができなくて。今年に関しては直接大阪に行って見ることができたんですね。ぼくの信条として試合は必ず見てサポーターの方と同じ気持ちになってしゃべることをずっと思ってやってきたので、直接、何度も目の前で優勝を逃すというシーンを見てきただけに、ようやく小林悠選手がシャーレを掲げるシーンを見れて、試合自体はあれっ?という試合でしたが(笑)、それでも優勝を見ることができて涙が止まらなかったです。だからぼくとしてはそういったものを見れた状態で翌週、スタジオで伝えることができたので。本当に気持ちだけで喋ってたので。よかったと思ってます」

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