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文仁柱、在日のフットボーラーに生まれて──クラブの誇りと民族の誇りを体現したA代表デビュー【Special】

 

Photo by Ayano MIURA(撮影:三浦彩乃)

 歴史的な瞬間が訪れた。J3リーグのFC岐阜に所属する文仁柱が、国立競技場に降り立った。

 3月21日、FIFAワールドカップ26アジア2次予選 兼 AFCアジアカップサウジアラビア2027予選のグループB第3節。朝鮮民主主義人民共和国代表に現時点でただひとりの海外組として選出され、日本代表戦のベンチに座ると、後半38分から岐阜と同じ左サイドバックに入った。自身、これが初の国際Aマッチ出場だった。

 アップのときから大声援を受けていた。チケットは完売。59,354人の観衆のうち、日本全国から駆けつけた在日同胞は約3,400人もいた。割れんばかりの拍手に身が震え、究極の舞台を実感した。世紀末の生まれである文が、2シーズンのプロキャリアを含む24年と7カ月の歳月を経てたどり着いたここが、小さい頃からの夢だった代表選手だけが立てるピッチなのだと。

◆自分の居場所はここ(FC岐阜)なんだ

Photo by Ayano MIURA(撮影:三浦彩乃)

「チームの勝利のために自分が何が出来るだろうか……」

 シン ヨンナム監督から「積極的に前に行け」と指示を受けていた文は、1点をリードされている状況で、勝てる要素を見出すことを意識してピッチに入った。そしてその視界に入った、蒼いユニフォームを着た一群に、ジュビロ磐田U-18出身の伊藤洋輝がいた。ちょうど7年前の春、ともに10番同士としてイギョラ杯の予選リーグで対戦した間柄だった。なお伊藤は3月におこなわれたこの大会のあと、5月にはトップチームに昇格し、以後はユースの大会に出場していない。

Photo by Ayano MIURA(撮影:三浦彩乃)

 舞台は国際親善大会のイギョラカップから究極のフィールドであるワールドカップ予選へ。場所を十条台から霞ヶ丘へと移し、日本のチームと闘ったというこの事実に、成長のすべてが詰まっていた。

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