本田拓也、駆け抜けた紆余曲折の15年間 The Long and Winding Road Vol.1 Shimizu and Kashima【Off Season Interview】

©Kaz Photography/FC GIFU
「この15年間にはいろいろな想いがあるので、また話を聞きに来てください」
ホーム最終戦後のミックスゾーンで時間の許すかぎり記者たちの質問に答えた本田拓也は、こう言うと笑顔で岐阜メモリアルセンター長良川競技場をあとにした。長く、多くを経験したプロサッカー選手としての道のりを一度に語り切るのは簡単ではない。そして、それが長いお別れになるかもしれないと思われた。
だがそれから3週間と少しが経った12月16日、FC岐阜は本田拓也コーチの就任を発表した。最終戦での口ぶりからすると、現役引退後指導者に転身しそうな雲行きではあった。しかし引退の日から間を置かず、しかも在籍期間の短かった岐阜でコーチになると誰が予想出来たか。青天の霹靂(へきれき)とはこのことだった。岐阜に関わる人々は、来年また再会を果たせるのだ。よく出来た物語だった。
ここに至るまで編んできたページの端々に、本田はどのような想いを刻んできたのか。選手としての15年間と、岐阜に残ると決めた心境について訊ねるインタビューの第1回。
◆対戦相手のベテランに突っかかっていく“子ども”だった
「いろいろな想い」をめくると、その1ページ目にはもちろん清水エスパルスの記憶がある。まだ青年監督といった趣の長谷川健太監督、活きのいい若手を含む選手たち。リーグ優勝こそなかったが、常に上位をうかがうナイスなチームという印象の清水が、本田がプロとして身を置いた最初の場だった。
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