「ファジラボ」寺田弘幸

【無料】岸本ヒロキ(スポーツDJ/MC)『小さい頃からスタジアムDJへの憧れがあったんです』〈1〉/【ファジアーノの話をしよう】

今年でJ2参入10年目を迎えるファジアーノ。

このオフに、様々なジャンルでご活躍されている方々といろんな角度からファジアーノのことを語り合ってみたいと思っています。

今回は、スポーツDJ/MCの岸本ヒロキさんにお話を伺いました。1回目は、憧れだったスポーツDJ/MCとしての活動について聞いています。


 

岸本ヒロキ『小さい頃からスタジアムDJへの憧れがあったんです』

 

――まず現在の岸本君の活動から聞かせてもらいたい

岸本「スポーツを中心にイベントのDJ/MCをやっています。昔はサッカーに捉われてやっていきたいと思っていたんですけど、今は柔軟にどんなスポーツでもやっていきたいと思っています。バレーボールもやるし野球もやるし、これからバスケットもやっていければなと思っているところです。2017年はシーガルズでやらせてもらいましたし、野球は香川オリーブガイナーズでもちょこちょことやらせてもらい、FC今治のスタジアムDJもやらせてもらいました。岡山では湯郷ベルもやらせてもらっています。それで(2017年の)12月からフリーのスポーツDJ/MCとしてやっていくことにしたんです」

――フリーになったんだ!活動の幅を広げているんだね

岸本「ファジアーノでお手伝いをさせてもらっていたときは興味本位だったんですよ。2008年からファジアーノを観に行くようになったんですけど、最初のキッカケは学校の担任の先生の息子が選手にいたからでした。青山俊輔(2008年2009年に在籍)っていう選手がそうで、それでちょこちょこ試合を観に行くようになったんですけど、小さい頃からスタジアムDJへの憧れがあったんです。ずっといいなあって思ってたんですけど、機会があって2009年からお手伝いさせてもらえるようになって、まず前座の試合でスタジアムDJをやらせてもらって、初めてファジアーノの試合を2011年に一回やらせてもらうことができたんです。その次の年も一回だけやらせてもらい、ネクスト(ファジアーノ岡山ネクスト)がJFLで戦うようになって3年間やらせてもらい、スポーツDJ/MCを仕事としてやっていきたいなって思うようになったんです」

――ネクストの試合でスタジアムDJをやっていたことは僕もよく知っている

岸本「めっちゃ楽しかったですね。お客さんが本当に少ないときもありましたけど、選曲もさせてもらってトータルでやらせてもらえた感じがあったんですごく楽しかったんですよ」

――それにしても、スポーツDJ/MCを本業にしようとは

岸本「まだまだぜんぜん大赤字ですよ(笑)。だから何でもやろうって今はすごく貪欲です。フリーでやっている方は岡山にはいないと思うんで、これからどんどん活動の幅を広げていきたいと思っています。バスケットも観に行って勉強していますし、国際サーキットでお仕事もさせていただきました」

――そもそもスタジアムDJに憧れたキッカケは?

岸本「子供の頃にヴェルディの追っかけをしていたんですよ、けっこう熱心に」

――えっ!そうなの!

岸本「そうなんです。94年95年ですから、カズがいてラモスがいてっていうヴェルディがバリバリの頃の話なんですけど、等々力まで岡山から電車に乗って行ってました。始発に乗って鈍行を乗り継いで向こうに16時くらいに着いて、友達の親に迎えに来てもらって等々力まで連れて行ってもらい、試合を観てから湘南の友達の家に泊めてもらって次の日の朝にまた電車で岡山に帰るってことをしていたんです。スタジアムっていう場所が小さい頃から好きだったんですよ」

――すごいな

岸本「でも、それから少しサッカーを離れて音楽活動をやっていたんです」

――音楽活動!?

岸本「ミュージシャンだったんっですよ、これでも(笑)。一人でギターをもって路上ライブをやったりライブハウスで歌ったりして、テレビにも取り上げてもらったりして30歳までやっていました」

――知らなかったあ。もう音楽活動はやっていないの?

岸本「もうやめました。音楽活動をしていたときからずっとスタジアムDJをやりたいと思っていたんですよ。ミュージシャンとして有名になったらスタジアムDJができるかもっていう気持ちもあったんです。サッカーを観に行っていた小さい頃からずっとカッコいいなあっていう憧れがあって、サンフレッチェ広島でずっとスタジアムDJをやられていた石橋竜二さん(元フリーアナウンサー/現広島市議会議員)にすごく憧れていました。『石橋さんみたいになりたい』って思って、広島まで試合をしょっちゅう観に行ってましたよ」

――その憧れていた気持ちが忘れられず、ミュージシャンはやめたんだ

岸本「家族ができたことも大きかったですね。岡山で音楽を仕事にするのって本当に難しいんです。どうやって生活にしていくのかいろいろ考えましたけど僕には難しいなと思いましたし、スタジアムDJと並行してミュージシャンをやるっていう選択肢もありましたけど、発声の仕方がぜんぜん違うんで難しいんですよ。それにやっぱり興味があるのはスタジアムDJの方だからそっちの方にどんどん気持ちが傾いていって、音楽活動を中途半端にするんだったら区切りを付けようと思って30歳のときにやめたんです」

――そうなんだあ。バイタリティのある生き方をしているね

岸本「そんなことないですよ。学生気分でずっとやってきただけです(笑)。自分で歌を作ってCDを作って。ぜんぜん儲けにはならないけど、スター気取りでしたね(笑)」

――スタジアムDJの魅力ってどんなところ?

岸本「たとえばファジアーノの試合って後半に入って終わりに向かっていくにつれてドドドォって盛り上がっていく感じがあるじゃないですか。そういう雰囲気の手助けできる人がスタジアムDJかなって思うんです。僕もそういう存在になりたいし、スタジアムDJって選手にもお客さんにもスタッフにも全員に関わることのできる唯一の存在じゃないかなって思いますし、今は『主役より名脇役になる』ってことを目指しているんです」

――海外の試合を観ているとゴールが決まった後のアナウンスで観客とコール&レスポンスをしているよね

岸本「いいなあって思いますよね。FC今治でもそういう形でやらせてもらっているんですけど、すごく難しいんです。理解してもらうためにはまだ時間もかかるんだろうけど、お客さんに試合を観るだけじゃなく参加してほしいなって思うんで、やり続けて定着させることができたらなって思っています。ネクストの試合をやらせてもらっていたときは、いろんなスタジアムでいろんなやり方をしているのを盗んで自分なりにいいところを集約してやっていました。本当にいろんな人のやり方を真似してましたよ(笑)」

<続く>

 

2回目は、ファジアーノへの想い、今後の期待について話してもらっています。

(取材 構成 写真:寺田弘幸)

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