赤鯱新報

【赤鯱探訪】小林裕紀編①「コーチとしての軸はまだない。でも新鮮な日々です」

小林裕紀
(2017~2019 名古屋グランパス所属)

感無量である。45分間、小林裕紀とあの頃の名古屋グランパスについてじっくりと話ができた。最初はやや堅い雰囲気も漂ったなか、やはり名古屋での日々を思い出すと自然と笑みもこぼれてくる。内容としては「これをあの当時に聞けていれば」とひたすらに悔やむクオリティで、彼自身の哲学と感覚、プロフェッショナリズムを感じながらのサッカー談義、グランパス談義はとにかく目から鱗の連続だった。これまでにも“風間時代”の話は様々な選手から耳にしてきたが、現場感、臨場感、あのチームの本質に触れられたような気がしたのは何とも贅沢な気持ちである。個人的にも7年越しの悲願成就、ぜひとも読んでいただきたい。

赤鯱探訪・小林裕紀編①
「コーチとしての軸はまだない。でも新鮮な日々です」

Q:まずは指導者として新たなセカンドキャリアを始められてきた、この部分を少し聞いてから本題に入ろうかと思います。引退されてから、つまり指導者として1年半ほどが経っていますが、指導者としての日々はいかがですか。

「うーん、まあ、当たり前にまったく違うもので。サッカーっていうものは変わらないけど、職業はまったく違いますし、捉え方も違う。まるで違うという感じですね」

Q:教えることに興味自体はあったのですか。

「そうですね…僕は選手をやっている時に次のことはあんまり考えてなかったので、指導者にとか、他の道にっていうことはほぼほぼ考えてなかったんですけど。タイミングと、縁と、っていうところで、こういうタイミングでの形があったっていう感じですね」

Q:引退後に何をするかのイメージすらもなかった。

「考えてないですね。イメージはまったくしてないですね。けっこう、行き当たりばったりなので」

Q:そうなんですか?(笑)。では引退を決めたこと自体も熟慮してとかではなく…?

「全然そんなこともなかったですね。もちろんサッカーをやれる条件がなければできないし。僕の場合はその条件がなかったってことが一番で、そもそも、その条件もどこまでのものを自分の中で考えていたか、みたいなところも正直何も決めてなかった。だから、そこの難しさはありました」

Q:条件で言えば、例えばそのJ1、J2、J3、どこまでのカテゴリーで考えるかということもあると思います。その意味ではどのカテゴリーでもやれるならやるっていう気持ちでもあったのでしょうか。

「そういう感じはないですね、やっぱり。うーん、そうだな。どこでもって感覚はなかったですね」

Q:できればやはりJ1や、上のカテゴリーでと。

「J1でできればもちろんいいけど、それでもJ2J3、の中でも素晴らしいクラブはあります。どこももちろん上を目指してやっているチームの方々ですから。ですけど、その中で僕もそこでやる1年の意味は、っていうところとの天秤というか。そこを合わせてっていうところですかね。あんまり、その当時も考えていなかったですけど、そういう立場になってみると。そうですね、この次の1年をどう使おうか、みたいなところで、いずれくるこのタイミングが早いか遅いかみたいなだけ、っていう感じでした」

Q:では、未練とかそういうものはなく?

「特にないですね。そもそも僕が試合に、試合にというか、ここまでやれたみたいなところも、自分の中ではちょっと不思議なところもあったので」

Q:そうなんですか。「不思議」というのは。

「こう、よりアスリート化してきているサッカーの中で、まあまあ難しくなってきたなっていうのは感じてたので。ただ、その中で自分がやれないこともないところももちろんある、みたいなところですけど」

Q:アスリート化していくサッカーの変化を、プロとしてのキャリアの中で感じていたのですか。

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