赤鯱新報

【2024年新年特別コラム】「そうさお前らは俺らの誇り」と叫ぶ日々。“ユースチャント”に込められた想い。前編

同じ名古屋グランパスの応援でも、U-18の試合でしか聞くことのないチャントがある。名古屋のU-18の選手になると、個人チャントが“オリジナル音源”で作ってもらえたりもする。以前からずっと興味があったこのことに、ようやく取材をしてみようと思った。きっかけは試合終了間際にいつも聞こえてくるひとつの曲。プロを目指す高校生たちに捧げる魂の歌。若鯱たちを追いかける愛すべき“YB”たちの想いは、想像以上に熱かった。

前編:「そりゃ応援しなきゃダメだろ」という想いから。

心を叩いてやまない歌があった。名古屋U-18の試合を取材に行くと、だいたい試合終了5分前くらいから聞こえてくる、武骨で優しいチャントである。

「どんなに辛く(つらく)苦しくても関係ねぇ そうさお前らは俺らの誇り さぁ行こう名古屋ユース」

 

頑張れとか、闘えとか、勝てとか、そういうことは歌っていない。選手を鼓舞しているようで、自分たちを鼓舞しているようでもある。親心にも似た言葉のチョイスと、サポーターという“人種”が持つべき伴走者の心意気が感じられるこの歌は、今ほどアカデミーの試合を取材していなかった頃からでもずっとお気に入りの一曲だった。一度聞けば忘れられないこのチャントは、なぜ生まれたのかを知りたい気持ちは年々強くなっていった。

ここ数年はコロナ禍の影響もあり、トップチームでの取材機会が以前に比べて減ったこともあり、アカデミーを見に行くことが増えていた。取材が増えれば知己は広がる。偶然にも同級生がU-18のサポーターをやっていたこともあり、思い切って聞いてみることにした。それを提案する直前、2023年のプレミアリーグWESTのホーム最終戦のハーフタイムに話しかけてきてくれたサポーターの方が、作者だったのは何の偶然か。ゴール裏の中心に立ち、太鼓を打ち鳴らしながら歌をうたうのは伊藤祐二さん。もとは名古屋のトップチームをゴール裏で応援する熱狂的サポーターのひとりだったが、2000年頃からとあるきっかけでユースの応援に傾倒していくことになる。

「ある日、トヨタスポーツセンターの第2グラウンドでユースの試合がやっていると聞いて、太鼓の練習がてら行ったんです。そこで、ユースのことなんて何も知らないのに応援したんです。向こうからしてみればびっくりですよね。いきなり『何かやっとるぞ』みたいなになって(笑)。そこでユースというものに出会って、最初は楽しみというか、酷い言い方すると遊びの感覚で、でも行くようになって。
そこから、いま目の前にいる、高校年代のグランパスのエンブレムをつけて戦っている選手たちのことを深く考え始めるわけです。当時はまだまだJリーグのユースチームが今より陽の目を浴びてないような時期です。今も昔も高校選手権ってあの年代にとってはものすごく大きな大会で、実力のある選手たちは高体連のチームに入って選手権を目指すのが当たり前、普通のことで。でも、それを選ばずにグランパスのトップチームで戦うことを目指している。選手権という夢よりもこっちを選んでる選手たちは、『そりゃ応援しなきゃダメだろ』っていう感じになったんですね」

伊藤さんはそう回顧した。応援してきた中でトップチームに昇格した選手は、山口慶あたりが最初の世代になる。「トップチームの何千、何万人というサポーター中の1人になるより、ユースの100人ぐらい、ゴール裏で言えば20人くらいの中の1人でいる方が僕は楽しい」という性分も手伝って、若鯱たちに声援を送ることにどんどんはまっていった。もともとがトップチームのゴール裏で太鼓を叩き、99年の天皇杯優勝にも立ち会ったような熱のある人物である。トップにも負けない熱量の応援をとチャントを歌い、選手を鼓舞し、そのうちオリジナリティが欲しいと思い始めるようになるのは当然と言えば当然の流れだった。「これは〇〇選手の替え歌だね」と言われたくない、“彼ら”のためのチャントを歌ってこそサポーターだ。決意はメロディを呼び、火が点けば止まらなかった。「やるからにはちゃんとやらなきゃ」。2006年の三宅徹を第一号にユースの選手個人へのオリジナルチャントは次々と生まれ、2011年以降はすべてが伊藤さん完全オリジナルの作品で占められている。


こうした経緯の中で、「どんなに辛く苦しくても~」のユースチャントは生まれた。『共に闘おう我らの名古屋ユース 今名古屋の誇りを抱いて行こう』というメインテーマと呼ばれるものが先に生まれ、これは2番目になる。試合展開の中で「しんどい時に歌いたい曲を作りたい」というのが最初の発想で、「どんな状況でも俺らが、俺らは、お前らを応援するからなっていう、全肯定ソング」は、プレミアリーグなどがない当時のレギュレーションの中で、最高峰に位置していた全日本ユースのために生まれたと伊藤さんは言う。ユースにとっての最も大きな大会であり、すべてを賭けて闘う大舞台で力になりたい。「辛く苦しくても関係ねぇ」と言って背中を押したい、という気持ちは、意外な人物の言葉によっても補強され、加速もされて形になっていった。

「この曲、というよりはユースに対してどう思ってるかっていうイメージの1つにすごく印象に残ってることがあるんです。当時サンフレッチェユースの監督だった森山佳郎さんがインタビューで、『ユースの選手は冬になると、メンタルが揺さぶられる時期があるんだ』と。何でかというと、全国高校選手権があるからだと。サンフレッチェユースって、今でも当時も、強豪中の強豪です。サンフレッチェに初めて勝った時、ほんと嬉しかったぐらい。そういうチームでも、高校選手権の時期になると『自分たちよりも注目を集めている』って気持ちになるんだと。そういうところでもうまく導いていかなきゃいけないと。あのサンフレッチェの選手でそうなんだから、グランパスの選手だってそうだよな、って思いました。そういう気持ちも、『どんなにつらく苦しくても関係ない』っていう歌詞につながってます。彼らの反骨心やハングリー精神、僕の反骨心としてはやっぱりグランパスユースで活躍して陽の目も浴びてほしいし、女の子にもモテて欲しい(笑)。あの選手たちを後押ししたい。彼らの試合を彩りたい。そんな感じでこの歌はできていきました」

 

この歌のメロディを思いついた時、いや曲が降りて来た時、伊藤さんは「これは個人のじゃない」と思ったという。楽器ができないので作曲は主に鼻歌か口笛。思いついたらすぐにスマホのボイスメモに録音してストックしておく。飲み会の帰りに千鳥足のまま、風呂場で思いついて飛び出して、車の中で思いついて慌てて。あらゆる場面でユースのことを考え、口ずさむ鼻歌もチャントだったりすることしばしば。103曲を数えるオリジナルの中でも、しかしこの一曲は大きなものになると直感した。「どんなに辛く苦しくても関係ねぇ そうさお前らは俺らの誇り さぁ行こう名古屋ユース」。大事な曲に大事に歌詞をつけ、乗せる意味もたっぷりに熱唱すれば、エネルギーは生まれる。前述の横浜FCユース戦は後半アディショナルタイムで逆転したビッグゲームだったが、試合は85分まで0-1でリードされる厳しい展開だった。取材していて覚えているのは、いつもなら終了5分前ほどに始まるこの歌が、後半のかなり早い段階でかかったことだ。そういうことか、と思った。

「その意図はありました。もうずっと勝ってなかったチームなので、早めにギア入れてもらわないと、そういう気持ちでやってもらわないと、って。あの時は意図的に早くしましたね。だから、いつも当たり前のように終盤で歌っちゃってるのは、ほんとは不本意なんです(苦笑)。余裕で勝ってたら、歌わないことだってありますから。このチャントに限らず、ある程度自分の中でのテンプレートができてしまって、それはあんまり良くないとは思っているんです。でもやっぱり歌詞の内容的に、これは終盤のしんどい時に歌いがちな内容だし、そうなっちゃいましたね」

前述の森山監督の名言に「気持ちには引力がある」というものがある。結果論かもしれないが、しんどい場面を温かくも激しく鼓舞するこの歌を、いつもよりさらに不本意ながらかなり早い段階で歌い、大逆転勝利が生まれたことを偶然の一言では片づけられない気はする。もちろん、試合は選手がやるもので、伊藤さんも自分たちが勝たせたなどとは思っていないだろう。だが、逆転ゴールを決めた杉浦駿吾が一直線に向かったのはゴール裏だ。仲間たちとともに、サポーターたちのもとへと疾走し、雄たけびを挙げ、爆発する気持ちを分け合った。この行動がすべての答えではないか。とにかくユースのチャントはどれをとっても選手に寄り添う心が感じられるのがいい。「階段を降りて、着飾らずに、まっすぐな気持ちで、まっすぐな言葉として、それをメロディにして伝えたいって気持ちはあります」。若者たちの心にはそれが響いているのだろう。「毎年の卒団の際、何人かの選手が『チャント良かったです』と言ってくれるんです」。伊藤さんは嬉しそうに笑う。倍井謙のように大学の試合で仲間に歌ってもらう選手も少なくない。先日、今はスクールコーチをしている加藤大智と話す機会があったが、こう言っていた。

「自分のチャントですか。もちろん覚えていますよ(と言って歌い出す)。うん、覚えてる。名古屋のユースのサポーターは日本一じゃないですか。絶対にブーイングなんてしないし、どんなにひどい試合をしても、いつも僕らを励ましてくれるんです」

伊藤さん、そしてサポーターの想いは、真心はしっかり伝わっている。どの対戦相手も圧倒するたくさんの横断幕はすべて伊藤さんともうひとりのサポーターの手作り。業者に注文するのではなく、一枚、一枚手縫いと水性ペンキの手書きで仕上げられ、卒団とともに選手一人ひとりに贈られる。「これは選手というよりは親に渡してるんですけどね」。ワンメイク、世界で一つしかない自分のために作られた横断幕は何よりのプレゼントだろう。“あの選手たちを後押ししたい。彼らの試合を彩りたい”という想いに限りはない。伊藤さんたちは今日も名古屋U-18いや“名古屋ユース”のことを思って、そこにしかない非日常の喜びを求めて、生きている。

後編へ続く

reported by 今井雄一朗

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